(写真・神奈川新聞社)
【時代の正体取材班=田崎 基】安倍晋三政権に再び立ち向かうと意を決した衆院議員の山尾志桜里氏(43)は、「多くの人が抱える悩みや苦しみを社会化するのが私に託された使命」と心する。総選挙で直面したのは、熾烈(しれつ)なバッシングでも、おわびを強いる世論でもなく、「逆風に負けないでくれ」「子育て支援策や待機児童対策を前に進めてほしい」という市民の切実な声だった。
週刊誌やワイドショーによる報道で批判にさらされたが、選挙戦が始まり地元に帰って私が見たものは、そうしたむき出しの好奇心などではまるでなかった。
手を握り締める女性は、こらえきれぬ涙を浮かべ、「負けないでほしい」と言った。
私にとって4度目の選挙だったが、これだけ多くの女性や子どもの手を引いた父母と出会えたのは初めてだった。それも特に若い世代。最も政治から遠い存在とされる有権者たちだ。熱意のこもった本気の応援をもらった。
■ベランダからの声
「ゴシップなどどうでもいい。待機児童問題をなんとかしてくれ」「来年4月に入る保育園がまだ決まっていない」「この地域に産婦人科がないんだ」「3人目の子を持てるかどうかの瀬戸際なんです」-。
私が現場で直面したのは、とにかく今すぐ解決してほしいという有権者の切羽詰まった訴えだった。
私は今回の選挙で落選したら政治家を辞めるつもりだった。だから「公」の政治家として自らの主義、主張を明確にして闘った。そうであれば勝っても負けても納得ができると思ったから。
だからいわゆる選挙の常識にも立ち向かおうと思った。
選挙の常識とは例えば「子育て世代は票にならない」「新興住宅地は票にならない」というものだ。むしろ私は子育て世代にこそ訴えたかった。だからほぼすべての時間を、その世代が住むエリアを回ることに充てた。
新興住宅地のマンション前では、ベランダに向けて呼び掛けた。子を抱いた父、母がベランダに出てきてくれる。ひとしきり話を終え、「もし時間があったら、下に降りてきてほしい。私も街宣車から降りる」と呼び掛けると、過去の選挙戦とは比べものにならないほどの人が手を握りに来てくれて、思いの丈を語ってくれた。
耳を傾けると、直面している悩みがあふれ出た。みんな日々の生活の中で、抱えきれないつらい思いをしていた。仕事に追い詰められていて苦しい、仕事に戻りたいけど子どもを預けるところがない、本当はもう少し子どもの成長と時間を共にしたいが0歳から預けないと保育園に入れない…。
あまりに切なかった。若い世代の生活の苦しさ、しんどさに私が直面した瞬間だった。それは、働く女性が社会から受ける圧力の裏返しでもあった。
常に、「子どもは誰がみているんだ」「もう帰るのか」というまなざしにさらされ、本来感じる必要のない自責の念を抱かせられる。
ゴシップにさらされる私の身に起きた社会からの圧力に、女性たちは自分の身を重ね合わせ、「負けないでほしい」「頑張ってもらいたい」という言葉になったのだろう。
これは私の選挙区だからそうした有権者が多かったわけではない。当選し国会に戻り、私を訪ねて来てくれる人がいる。コピー機の営業の女性が涙を浮かべ「当選してくれてありがとう」と口にする。働く女性が社会から受ける圧力に男性は気付かないので、その圧力をはねのけてほしいという思いを寄せてくれたのだ。
だから私は屈するわけにはいかない。えたいの知れない社会なるものの好奇心や圧力と闘わないのは政治家として取るべき、働く女性として取るべき姿勢ではない。
■「つらさ」の社会化
私は2期目の時、話題になった匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」を引用しながら待機児童問題を国会で取り上げた。私にも子どもがいる。「同性だから」「苦労が分かってもらえるから」話せるという理由で、訴えてくれる女性がいる。
声を上げた母親らと私が共にしてきたのは、互いの苦労に細かく分け入り共感し合うということではなく、それぞれの役割分担の中で「多くの人が抱いている悩みを一般化し、社会化する」ということだった。
私の役割分担はつまり政治家として国会の場で行う質問の準備に十分な時間をかけ、それを政府にぶつけ、答弁を引き出し、社会の関心を引き寄せ、それをテコに政治を動かしていく、ということだった。
あくまでも自分の特性を生かした職人としてどう政府から答えを引き出すか、ということが重要だという思いでやってきた。今回このことを深く自問自答し、そして気付いた。
「人生を政治家として全うしようなどということには全く興味がない」
今回の当選で負託されたこの「3期目」を全うすることに全精力を傾ける。地元の有権者との交流はあくまでその声を国政に反映させるためであり、4期目や次の選挙のためなどと一切考えないことにした。
■不信感拭うために
この3期目の課題は三つ。その一つが「子育て支援」だ。質の向上、そして財源も含めて必ずやり遂げる。
就学前教育の無償化はやるべきだと思っている。高等教育(大学)の学費負担も大幅に軽減すべきだ。
このためには年間5兆円前後が必要になる。したがって教育無償化を掲げながら消費増税を否定するというのはあまりにも矛盾している。
この消費増税には四つの前提条件がある。一つはアベノミクスによって余裕が生まれた個人と法人の負担増。二つ目は第2次安倍政権以降、民主党政権時と比べて年1兆円規模で増加している公共工事の削減。三つ目は3党(民主党、自民党、公明党)合意における「税と社会保障の一体改革」でまとめた「増税分の8割を借金の返済に充てる」ことの見直しだ。財源はサービスの充実に向けなければいけない。
その上で四つ目が要になる。「増税」よりサービス充実を先行実施したい。例えば保育の無償化をまず先行させる。1~2年実施し、その上で増税し財源を確保する。多くの人にまず「これいいね」と実感してもらうことが重要だ。
いま「増税しても約束した使い道に使われない」という政治への不信感が根強い。実際、政府はこれまでうそをつき続けてきた。サービス充実を先行させれば、増税による税収増分はそこに充当しなければサービスを継続できなくなる。こうして信頼を回復した上で負担増をお願いする形にする。まずは10%への引き上げだ。その先の議論は信頼が回復されてからだろう。
ただ、これらの政策を実現するには財源が必要になる。ところがこれまで「増税が必要だ」と言っていた政治家たちが一斉に「増税凍結」に回った。
こうした背信が、どれだけ国民を裏切り、不信感を募らせているか。
私は民進党の政調会長だった昨年、消費増税先送り法案を自らの名前で出している。その責任を感じている。
増税を巡って、政治家の言葉が試されている。時の政治状況による逃げ道を許すことはもうやめよう。そうしてこそ初めて現実を踏まえた子育て支援策を導き出すことができるはずだ。
【やまお・しおり】
1974年東京都生まれ。衆院議員、元民進党政調会長。99年東大法学部卒、2004年東京地検検事、07年検察官退官、09年衆院選で愛知7区から出馬し初当選。12年落選、14年衆院選で2期目の当選。民進党所属の法務委員、憲法審査会委員など歴任。