沖縄・旭琉会抗争から30年、2警官殺害の又吉容疑者の捜索続く 強まる死亡説
逃走中の又吉建男容疑者 画像を見る

 

1990年11月、暴力団抗争の最中、対立組織の組員と間違えられ、警察官2人が殺害された事件から23日で30年がたった。県警は実行犯の一人で全国指名手配中の又吉建男容疑者(71)が死亡した可能性が高いとみており、被疑者死亡のまま殺人容疑などで書類送検する方針で捜査を進めている。事件の風化を防ぐため、沖縄署は23日午前11時から同署の慰霊碑前で慰霊式を開く。

 

逃走中の又吉容疑者は事件発生後に一度、県警の任意同行に応じたものの、関与を否定した。逮捕には至らず、同容疑者はその後、県外へ逃亡した。福岡県や山口県、京都府、大阪府などで県外組織の援助なども得ながら逃走を続けた。2000年10月には京都府内の病院を受診し、がんの進行で脊髄への転移も確認されていたことから、すでに死亡しているとの見方が強まっている。

 

琉球新報の取材に応じた指定暴力団旭琉会幹部は「数十年前に又吉は重病と聞いていた。今はもう生きていないだろう」と語った。

 

殺害されたのは私服で捜査車両に乗務し、暴力団抗争の警戒に当たっていた警部=当時(43)と警部補=当時(42)=の2人。11月23日夜、警部と警部補は沖縄市胡屋の三代目旭琉会錦一家の隠れアジト近くで待機していた。事件前日の11月22日には那覇市前島の同一家幹部自宅前で、発砲に備えた防御壁の取り付け作業をしていた男子高校生が、沖縄旭琉会系組員に射殺される事件が発生した。

 

現在、殺人罪などで服役中の受刑者と又吉容疑者らは、幹部自宅前で発砲事件が起きたことへの報復を模索。隠れアジト近くで警戒に当たっていた警部と警部補を、対立組織組員と誤認し射殺した。県警は錦一家幹部の指示が背景にあったとみて引き続き捜査を進めている。

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