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「おはようございます。よろしくお願いします!」

 

梅雨の谷間、久しぶりに朝から晴れた6月中旬、宮城県亘理(わたり)郡山元町にある岩佐農園から、女性6人の元気な声が響いてきた。

 

「今日はいちごの苗切りをやってもらいます。暑いので気をつけてください。その前に、ハウスのドアを北側に移動したいので、力仕事、いいですか?」

 

と、作業の説明をするのは、農園の若旦那・佐藤卓也さん(49)。同じデザインで色違いのTシャツに同色のキャップをかぶった6人は、真剣な表情で聞いている。

 

佐藤さんに促され、北向きに移動するビニールハウスの柵状の支柱に6人全員で手をかけると、「せ~の!」と、掛け声一発。

 

一斉に持ち上げると、土に埋まっていた何本もの支柱の根元はあっけなく、ズボッと抜けた。佐藤さんは目を丸くする。

 

「すごいですね。うちらとは全然、力が違う」

 

6人は「どうだ」と言わんばかり。満面の笑み。そもそも力自慢の彼女たち。この程度では「力仕事」などとは言わないのだろう。彼女たちは全員、仙台を拠点とする『センダイガールズプロレスリング』(=通称『仙女』、以下同)の現役女子プロレスラーなのだ。

 

代表を務める里村明衣子(40・以下、選手は敬称略)を筆頭に、仙女のメンバーは計7人。

 

仙女旗揚げ時から里村と苦楽を共にしてきた一期生のDASH・チサコ(31)、女子レスリングのリオ五輪金メダリスト・土性沙織(25)のライバルだった橋本千紘(28)、「仙女初のビジュアル系」岩田美香(24)の3人が、中堅を固めている。若手も個性的だ。ジュニア王座を持つ愛海(15)、岡優里佳(16)、金子夏穂(23)の3人が、切磋琢磨しながら上を目指している。

 

この日は首の故障で療養中の岩田を除く6人で、農園に来た。農作業は、いまや仙女のトレーニング。新型コロナ禍の影響で中止を余儀なくされた興行収入を補てんする一助ともなっている。

 

里村が、スポンサー企業の農機具販売会社『五十嵐商会』に協力を仰ぎ、5軒の農家での作業の契約を結んだのは、今年3月のことだった。日本で緊急事態宣言が出るより1カ月近くも早い時期だ。

 

「東日本大震災後のことが蘇って。あのとき、選手の心がバラバラになって、後に、引退や退団するメンバーが続出しました。だから、今回は絶対、バラバラにさせてはいけない。そのためにいちばん良いのは何だろうと考えて」

 

行き着いた答えが農業だった。農業なら、宮城の田舎で、外での作業。コロナ感染リスクも低く、トレーニングにもなる。ビニールハウスの移動が終わると、仙女の6人は鎌を手にして、ブランド苺の苗切り作業に入った。

 

作業がだいぶ進んだころ、蒸し暑いビニールハウスを飛び出して、ミニ休憩。車庫の藁座が敷かれたところで全員が正座し、アイスキャンディーが配られる。

 

「いただこう。溶けちゃうから」

 

里村が声をかけたが、誰一人、膝を崩さない。

 

「いいよ、ベタッと座りな」

 

ようやく皆、正座を解いた。

 

日本のプロレス団体は、世界でも特殊だ。相撲部屋に似たシステムで、新弟子は月謝など一切、払わず、衣食住の面倒は団体がみる。仙女では、練習生は最初の2年間、入寮し、3年間は4禁が原則。4禁とは、酒、タバコ、男女交際、そしてギャンブルの禁止だ。

 

共同生活で、選手同士の絆もできる。それが興行にも生きてくる。里村は言う。

 

「今回の緊急就農で大きかったのは、まず、仕事を確保できたこと。そして、選手一人一人が孤独にならないということです。試合がなく、練習だけの環境では、緊張感がなく、目標が見えない。そこに農業があるだけで、仕事をしているという感覚を得られ、仲間と一緒にいるからこそ、生き生きとしていられるんです」

 

農家と触れ合う機会を得た選手たちの成長はめざましい。

 

「作業はむっちゃしんどいですが、それ以上に人の温かさがあって、また、会いたくなる。元気をもらいました。プロレスが再開したら、今度は自分たちが恩返しをするんだという気持ちです」(橋本)

 

心理状態が試合に色濃く反映されるのがプロレスだとも、里村は言う。

 

「就農で、選手一人一人が、人の気持ちを受け取って考えられるようになりました。農業でも試合でも一生懸命、仕事をしようという姿勢は、いまが最高でしょうね」

 

「女性自身」2020年8月11日号 掲載

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