5月上旬、「コロナ禍で分断された人々の間に絆を取り戻す大きな意義がある」と語った丸川珠代五輪相 画像を見る

多くの人が疑問を持っている東京五輪の開催。アスリートこそ、その声に耳を傾け、声を上げるべきだというのは元トップアスリートだ。

 

「スポーツを愛し、スポーツの力を信じているからこそ、東京オリンピックは今からでも中止すべきです。開催することが理にかなっているとは到底思えません」

 

そう語るのは元ラグビー日本代表として活躍した神戸親和女子大学の平尾剛教授(46)。

 

ラグビーの強豪・神戸製鋼でプレーし、’99年ラグビーW杯も経験しているトップアスリートだった平尾さんは、現在は発達教育学部ジュニアスポーツ教育学科教授として、研究の道を歩んでいる。

 

東京五輪をきっかけに、新型コロナウイルスのさらなる感染拡大や、変異ウイルスの上陸などが起きることが懸念されている。新聞各社の世論調査では「中止」や「再延期」を求める声は軒並み6割から8割と大多数を占めた。

 

世界の目も厳しい。台湾の野球代表チームはプロ選手の派遣を中止し、アマチュア主体で五輪予選に臨むことを決定。さらにインドのカヌー代表チームは予選会にすら出場できないという。

 

これまでもカナダの体操代表選手団やオーストラリアの飛び込み選手団が出場を断念している。今後も、このような“五輪辞退者”が続々と出てくる見通しだ。

 

「競技によっては予選にさえ出場できなかったり、実力のある海外のメダリストがコロナを理由に参加をとりやめたりしています」

 

平尾さんが気になるのは、この状況に声を上げる日本人選手がほとんど見られないことだ。

 

「このような不公平をどうとらえているのか、日本代表選手にこそ語ってほしい。開催ありきで、多くの国のアスリートが置き去りにされている現状に怒りはないのか。また、自分たちも五輪という舞台で、正々堂々とパフォーマンスして、多くの人の感動を呼ぶために、一生懸命努力してきたはずです。それなのに、その舞台はフェアなものではないかもしれない。当時者であるアスリートが、そのことを真正面から考え、声を上げるべきです」

 

しかし、スポーツニュースで伝えられる代表選手の声は、ほとんどが五輪に向けての抱負を語ったものばかり。東京五輪が抱える矛盾に正面から応えようという選手は少ない。

 

陸上女子1万mの代表の新谷仁美選手(33)は「国民の意見を無視してまで競技をするのはアスリートではない」と発言。また、水泳男子100m、200m背泳ぎ代表の入江陵介選手(31)も「何が何でもやりたいという気持ちはない」「中止を求める意見も聞くべき」と発言した。

 

代表に内定はしていないが出場が期待されるテニスの大坂なおみ選手(23)は「人々を危険にさらすのであれば、今すぐ議論すべき」と開催を望むと言いつつ、安全が優先とした。同じくテニスの錦織圭選手(31)も「死者を出してまで行われることではない」「1人でも感染者が出るなら気が進まない」と国民が抱える不安に言及している。

 

だが、こういった声を上げるのは、強い個性や高い実績があったり、プロの世界を主戦場としたりする一部の選手だけ。多くの選手は五輪のネガティブな面についての発言を避けている。

 

「もちろん五輪がないと強化や普及ができない競技もあり、アスリートが発言しにくい事情は理解できます。また、スポーツ界には、学校の部活動から根強く残る、上には逆らえない上意下達の文化があり、決まったことを寡黙にやることが美徳とされてきました」

 

だが今こそ、その旧弊を捨て去るときだという。

 

「アスリートである前に、ひとりの人間として、思うことを自分の言葉で語ってほしいのです。五輪開催を望むなら、どんな方法ならできるのか提案してもいい。開催が現実的ではないと考えるなら、そう言えばいいのです」

 

平尾さんが危惧しているのは、アスリートと国民の間に大きな溝ができつつあることだ。国民の声に耳を塞ぎ、五輪の矛盾に口を閉ざす選手たちに多くの人が疑念を抱いている。

 

「あたかも『アスリートは命を軽視している』『スポーツ選手は勝手だ』などと感じている人も少なくありません。今、五輪を強行すれば、スポーツへの信頼が失われてしまう危機感があります」

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