■「全てに感謝」少年野球時代の魂がドジャースの選手となった今も心に─―
「小さいころから体もきゃしゃでしたし、メジャーの選手になるとは想像できなかった。今も、帰省して色紙やボールにサインをしてくれるとき、『全てに感謝』と書いてくれます。少年野球の合言葉をいまだに覚えてくれていて、その精神を貫いている。なかなかできることではないと思います」(大饗さん)
都城高の監督を’18年に退いた石原さんには、忘れられない思い出がある。’21年の日本シリーズ、第6戦に先発した由伸は9回を1失点に抑えるも、ヤクルトに敗れて日本一を逃した。
試合後、由伸は観戦に来ていた石原さんを車でホテルまで送った。そのとき、高校最後の夏の状態について、初めて打ち明けた。
「実は、ヒジが痛かったんです」
静寂な車内で、石原さんの脳裏に力投する17歳の姿が浮かんだ。
「相当な覚悟と責任を持って投げていたんだなと……」
車を降りると、由伸は「これ、もらってください」とその日のユニホームを手渡した。裏返すと、背番号の横にサインと「感謝」という文字が書いてあった。
「すごく胸に響きました。あの2文字に、山本由伸という人間のすべてが詰まっていました」
由伸は「今日はありがとうございました」と頭を下げると、ほほ笑みながらハンドルを切った。日本球界最高の舞台で投げた日に、自分を育ててくれた恩師にお礼を伝えたかったのかもしれない。
「由伸は『自分は自分』と考えていて、他人を気にしない。一方で、周りの選手やスタッフ、環境に常に感謝をしていて、まったく偉そうにしない。だから、マウンドで動じないのだと思います」(石原さん)
野球へ導いてくれた両親、見守ってくれる愛犬のためにも──。由伸は日本のエースから翔平とともに世界一の投手へ駆け上がる。
(取材:シリーズ人間班、岡野誠/文:岡野誠)
