福島県冲では、原発事故の発生直後から、全域で地元の漁が“自粛”されている。再開のめどはいまも立っていない。福島を代表する漁港であるいわき市の小名浜港でも、港に帰ってくるのは、はるばる北海道の沖合でサンマを捕ってくる大型漁船だけだ。

ところが、この誰も捕っていないはずの“福島県沖の魚”が、消費者が気付かないうちに、市場に出回って、食卓に上っているという。いったい、どういうカラクリで福島県産の魚が水揚げされ、私たちの食卓に上るというのか。

 

取材を進めると、福島県のある水産加工業者が、絶対匿名を条件に打ち明けてくれた。

「福島県では、漁ができない。だから魚を買い付けて売りさばく、仲買の仕事もできない。そこで、福島の卸業者は県境を越えて、茨城の漁港までいって、そこに水揚げされる魚を競り落として商売にしている」

 

通常、仲買人や地元の直売店が魚を競り落とすと、その場で箱詰めして発送したり、そのまま店頭に並べたりする。ところがーー。

「一部の業者は、その魚を福島の港まで運ぶ。そして、そこで箱詰めの作業をする。ところが、その箱詰めが問題なんだ……」

 

このとき、魚が箱詰めされる発泡スチロールには、あらかじめ「○○産」などと金型で彫り込まれていたり、印字が施されていたりするという。本来の産地とは違った地名が書かれたそうした箱をわざわざ用意しておくのだ。

「そこに茨城から買ってきた魚を詰めちまう。箱には○○産とあるから、出荷された先ではわからない……」

 

これは明らかな”産地偽装”だ。こうしたことは、少なくとも昨年の秋口から行われ、この業者と直接取引のある東京や神奈川のスーパーや小売店に出荷されていったという。そしてもうひとつ、ここに重大な疑惑が絡んでくる。前出の水産加工関係者が続ける。

「漁船がいったん沖に出ていけば、どこの魚を獲っているかは、わかったものじゃない。県境を越えて、福島沖で獲ったものを水揚げしていてもわかんねぇんだ」

つまり、原発事故による汚染で漁を自粛に追い込まれている場所に、他県の船が入り、魚を捕っている、その可能性も否定できない、というのだ。だが、そんなことが本当にあるのかーー。

 

「ああ、こっちにも入って来ているよ」

操業自粛に追い込まれている福島の漁業関係者を取材すると、そうあっさり認めた。現地を歩くと、福島をはじめ近隣の漁業関係者、水産加工関係者の窮状は筆舌に尽くし難いものがある。だからといって、消費者の信頼を根底から欺く、漁場や産地の偽装を決して許してはならない。だが、そうせざるを得ないような状況に追い込んだ、福島第一原発の事故と、いまだに事故処理の進まない現状にこそ、消費者の健康をむしばむ元凶があることを忘れてはならない。

 

文/青沼陽一郎(ノンフィクション作家)

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