国家試験の中でも、最難関のひとつとして知られる司法試験。今年、この試験にひとりの主婦が合格を果たした。広島県に住む、佃祐世さん(40)だ。祐世さんは中学1年生の長男を筆頭に、4児の母でもある。
「主人が目指していたことを実現して、子供たちに見せてあげられるかもしれません」と、喜びの表情を浮かべる祐世さん。彼女の夫で元裁判官の浩介さんは’07年3月、35歳の若さでこの世を去った。法曹の世界でやり残した夫の夢を、祐世さんがバトンタッチした格好だ。
大学時代に祐世さんのほうが浩介さんにひと目ぼれし、猛アタックの末、結ばれた2人。その最愛の夫が倒れたのは’06年7月2日の朝、ジョギングから帰って来たときだった。脳腫瘍で、すでに手遅れだった。そのとき、祐世さんのおなかには、二女の命が宿っていたという。
大きくなりつつあるおなかで、浩介さんの車いすを押し、散歩に出かけたある日のこと。唐突に浩介さんが、「受けてみないか?
司法試験を」と口にした。そして、祐世さんが二女を出産して20日後、浩介さんは亡くなった。倒れてから、わずか8カ月後のことだった。
「亡くなってからは、しばらく茫然自失としていて……。今でも記憶がないくらいです。四十九日くらいから、やっと気持ちを取り戻して、このままじゃまずいと……」
そう思った祐世さんの胸によみがえったのは、浩介さんの「受けてみないか?」の言葉だった。こうして、司法試験という夢は定まったものの、祐世さんは4人の子供を抱え、勉強時間を取るのもままならない。そこで祐世さんが編み出したのが、若い世代に負けない記憶力を作るための「ブツブツ勉強法」だった。
「電車を降りたら、読んでいたところを思い出しながら、口で唱えて暗記するんです。よく、書いたものを貼って覚えるという方法がありますが、私はしませんでした。貼っただけで安心しちゃうので(笑)。洗濯物を干す前に、問題集の間違ったところを開いて、干しながらブツブツ。掃除しながらブツブツ。お茶わんを洗うときもブツブツ。ちょっと変わった人に見えたかもしれません(笑)」