「免疫チェックポイント阻害剤の誕生は、世界のがん医療に大きなインパクトを与えました。さらに開発の基礎となる研究をされた本庶佑先生が、ノーベル賞を受賞したことで、その効果が報じられています。しかし“万人に効く”“夢の新薬”ととらえるのは、時期尚早です」
新薬への過大な期待に警鐘を鳴らすのは、医療ガバナンス研究所理事長で、内科医の上昌広さんだ。免疫チェックポイント阻害剤のメカニズムについて、上さんが解説してくれた。
「がん細胞など、体内の異物はキラーT細胞というリンパ球が攻撃します。しかしがん細胞は賢く、T細胞とくっつくことで、攻撃する信号を止めてしまうのです。新薬は、この結合を阻害し、キラーT細胞が、がん細胞を追跡、攻撃するよう働きかけるのです。がんを直接攻撃するという、これまでの手術・放射線・抗がん剤とは一線を画す、まったく新しい概念で、第4のがん治療といわれています」(上さん)
こうした構造を利用して脚光を浴びたのが、’14年に発売されたオプジーボだ。
「当初は皮膚がんの一種、悪性黒色腫に対して承認されましたが、間もなく、肺がんの中でも8~9割を占める非小細胞肺がんに保険適用が広がりました」(上さん)
慶應義塾大学医学部先端医科学研究所所長の河上裕さんが、効果を表すデータについてこう語る。
「肺がんにおいて既存の治療では予後が悪い場合も多かったのですが、免疫チェックポイント阻害剤によって、その16%の患者さんが、5年間生存しています」(河上さん)
発売当初は1年で3,500万円もした薬代も、対象者が増えたために、1,000万円まで値下げされている。
現在は、効果が確認された6種類の阻害剤が承認を受け、対象となるがんや、患者の状態により、公的保険が利用可能。支払う費用の上限を設定している高額療養費制度もあるので、患者の自己負担額を抑えられる。
承認を受けているのは肺がんや腎臓がん、悪性黒色腫など約10種類。しかし、広い部位で治療が進められており、大腸が、乳がんは治験も最終段階だ。
国内で承認されている免疫チェックポイント阻害剤の「実力とリスク」は次のとおり(薬名はすべて販売時のもの)。
■「オプジーボ」
【保険適用のがんの種類】
悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がん、悪性胸膜中皮腫。
【近い将来、保険適用になりうるがん】
食道がん、大腸がん、卵巣がんなど。
■「キイトルーダ」
【保険適用のがんの種類】
悪性黒色腫、非小細胞肺がん、ホジキンリンパ腫、尿路上皮がん。
【近い将来、保険適用になりうるがん】
乳がん、大腸がん、食道がんなど。
■「ヤーボイ」
【保険適用のがんの種類】
悪性黒色腫、腎細胞がん。
【近い将来、保険適用になりうるがん】
胃がん、食道がんなど。
■「バベンチオ」
【保険適用のがんの種類】
メルケル細胞がん。
【近い将来、保険適用になりうるがん】
胃がんなど。
■「テセントリク」
【保険適用のがんの種類】
非小細胞肺がん。
【近い将来、保険適用になりうるがん】
小細胞がん、肝細胞がん、乳がんなど。
■「イミフィンジ」
【保険適用のがんの種類】
非小細胞肺がん。
【近い将来、保険適用になりうるがん】
膀胱がん、肝臓がん、卵巣がんなど(他剤との併用)。
■6種類の免疫チェックポイント阻害剤に考えられる副作用
間質性肺疾患、心筋炎、消化管穿孔などの命に関わるようなケースも起こりうる薬剤もある。皮膚炎(かぶれや水ぶくれ、粘膜のただれ)、甲状腺炎(多汗、動悸、浮腫)、重篤な大腸炎(下痢、血便)など、自己免疫反応が起こることがある。
「乳がんに関しては、これまで治療が難しかったトリプルネガティブ乳がんという種類であっても、10%ほどの患者さんに効果が表れているという報告もあります」(河上さん)
治験データを集積して申請されれば「通常、半年~1年で承認される」(上さん)というから、この1~2年で一気に対象者が増える可能性があるのだ。だからこそ今後、この“夢の薬”に冷静な目が必要だと、前出の2人は語る。
まず、注意しなければならないのは、同じ薬剤を使っても、効かない患者のほうが多いということだ。
「奏効率と言いますが、6つの阻害剤でがんが見えなくなる、もしくは大きさが30%以上縮小した率は、肺がんで20%弱、悪性黒色腫で20%程度です」(河上さん)
たとえば、オプジーボの添付文書には《切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌》《根治切除不能又は転移性の腎細胞癌》などと書かれている。がんの進行度によっても、使用できる人が厳密に定められている。
「現状では、万人が受けることができず、患者さんのがんの性質、免疫体質、腸内細菌や喫煙の有無などの環境因子も関係して治療効果が決まっていきます」(河上さん)
そして、先述したように“危険な副作用を伴う薬”であることも、知らなくてはならない情報なのだ。
「“免疫”と聞くと、自分の体内にあるものだから、副作用が少ないと感じてしまいがちですが、そんなことはありません。主に、自己免疫疾患のような症状が代表的です。甲状腺機能が低下して疲労感が増したり、粘膜がただれたり、発疹ができることも報告されています。肝機能障害、腎機能障害、脳炎、1型糖尿病なども注視しなければなりません」(上さん)
間質性肺疾患や心筋炎など、場合によっては死に至る副作用を引き起こすこともある。
「それも“まれ”なレベルではなく、阻害剤を使った患者さんの10%以上に、重篤なケースを含めた比較的強い副作用が起こっています」(河上さん)
まだまだ課題は山積している免疫チェックポイント阻害剤だが、これからのがん治療に新たな光をもたらす薬剤であることは間違いない。