「チャーちゃん、やっぱりおなか、すいてたのねぇ」
優しくほほ笑みかけながら、彼女は小さなスプーンを、息子の小さな口に何度も、何度も運んでいた。
大学生かと見紛うような、この若いママは大川絵里奈さん(26)。そして、彼女が「チャーちゃん」と呼んだ男の子は、絵里奈さんの長男・陽向くん(3・ひなた)だ。
「はい、あーん、おいしいねぇ」
ママが優しく声をかけながら差し出すスプーンの中身を、陽向くんはパクパクと、勢いよく食べ続けている。
「食べること、大好きなんです。好物はご飯、それにだいこんやにんじん、かぼちゃの煮物……本当に、なんでもよく食べます」
食欲旺盛で身長も100cmを超え、はた目には、健康そうな子に映る。でも──。
「はい、お茶飲もうね」
絵里奈さんが手にしたカップのお茶には、とろみがついていた。
「もう少しで4歳になるんですけど……、まだ、赤ちゃんと同じで、サラサラしたままの液体は上手に飲めないんです。そしゃくもまだできないので、ご飯も後期の離乳食ぐらいにやわらかくして、すり潰したものを食べさせてます」
じつは、陽向くんは10万人に1人といわれる難病・ジュベール症候群を患っている。1969年にカナダの小児精神科医、マリー・ジュベールによって初めて報告された病気。体の動きを調整する小脳虫部が欠損、または形成が不十分で、乳児期の早い時期から運動発達、知的発達ともに、重度の遅れが生じるほか、視覚障害や進行性の腎障害などがみられる。症例数が少なく研究が進んでいないため、根本的な治療法が見つかっていないばかりか、患者の寿命についても、はっきりとはわかっていないという。
そんな難病の陽向くんを育てる絵里奈さんはシングルマザーで、長女・叶愛ちゃん(5)と陽向くん、2児の母だ。とはいえ、“女手ひとつ”で2人を育てているわけではない。親子3人、絵里奈さんの実家で暮らし、若いママは両親、それに、きょうだいたちの手をいっぱい借りて、子育てしながら昼夜、飲食店で働いている。
「ヨイショっと……」
ランチを終えた陽向くんを、絵里奈さんが抱きかかえるようにして、椅子から下ろした。