文化功労者と面会される天皇陛下と雅子さま(写真:産経新聞) 画像を見る

クリーム色のスーツに、2連のパールのネックレスをお着けになった雅子さま。皇居・宮殿の松風の間に入ると、集まった17人にやさしくほほ笑みかけられた。

 

11月22日、天皇陛下と雅子さまは、今年選出された文化功労者の拝謁を受けた。文化功労者は、文化の向上や発展に貢献した人に贈られる称号だ。なかでも今回はシンガー・ソングライターとして初めて松任谷由実(68)が選ばれ、注目が集まっていた。

 

今年デビュー50周年という節目を迎えたユーミンに、

 

「最近はどんな活動を……」

 

とお聞きになった雅子さま。ユーミンはやや恐縮しながら、

 

「もう少しすると、『ユーミン・ミュージアム』という展覧会が始まりまして……。絵と音楽を同列でやっていた時代がありました」

 

会話は弾み、最後に雅子さまは、ユーミンを祝福しながらエールを送られた。

 

「50周年おめでとうございます。お元気でご活躍ください」

 

するとユーミンは、感極まった様子で礼を述べる。

 

「ありがとうございます。両陛下も、お体を大切になさって……」

 

お話を終えた雅子さまの瞳は、いつもより輝いていた――。

 

雅子さまが外務省に入られたころ、自立した女性像を歌詞に打ち出し、次々とヒットを飛ばすユーミンは、その世代の女性にとって憧れの歌手だった。本誌は1988年2月、残業後に同僚たちと六本木のパブでカラオケを楽しまれたお姿を目撃している。雅子さまの知人はこう話す。

 

「カラオケの十八番は山口百恵さんの『いい日旅立ち』。昔からいろいろなジャンルの音楽に親しまれていて、ユーミンもお聴きになっていたし、カラオケでも歌われていたと思います。

 

外務省にお勤めになっていたころは、愛車のカローラにカセットテープをたくさん積んでおられましたね」

 

その後、雅子さまは研修留学のために英国へ。帰国後の1990年、ユーミンのアルバム『天国のドア』が200万枚の出荷を記録して話題となっていた。長年ユーミンを取材してきたカメラマンのYAHIMONときはるさんは、雅子さまとこのアルバムにまつわるエピソードを明かしてくれた。

 

「私は雅子さまのご実家の近くに住んでいたことがあって、町内会の案内などをお持ちすることがありました。1991年4月、お母さまの優美子さんからお菓子をいただいたお礼に、複数枚買って持っていた『天国のドア』を差し上げようと思ってうかがうと、玄関で優美子さんと雅子さまが応対してくださいました。

 

そのとき、『天国のドア』のジャケットを見た雅子さまは、『ありがとうございます。ちょうどお友達からユーミンさんのコンサートに誘われていたので、これで予習できます』とにこやかにおっしゃられて……。この日以降に、日本武道館で4日間のツアーコンサートがありましたから、そのうちのどこかに行かれたのでしょう」

 

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