プロに転向後の’26年5月25日には、米ロサンゼルスのドジャー・スタジアムで“リフト始球式”を務めた(写真:アフロ) 画像を見る

「あの重みは、たんなる金属の重さではありませんでした」

 

ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの最終日。三浦璃来(24)と木原龍一(33)、通称「りくりゅう」ペアが黄金色のメダルを首にかけてくれた瞬間を、ペア結成当初から2人を支援してきた木下グループ代表の木下直哉社長(60)は、そう振り返る。

 

その数日後の2026年3月6日。2人は木下社長の自宅を訪ねた。金メダル獲得の余韻がまだ残る中で、現役引退の意向を真っ先に伝えたという。

 

「『真っ先にお伝えしたいです』と前置きして現役を引退することを伝えてくれました。驚きよりも“やはり”という思いが先。ミラノでも次のオリンピックの話題になると、木原君の表情が曇っていました。真面目な彼は嘘がつけない。北京五輪後に『次を目指したい』と語ったときのアスリートの顔とはまったく違っていました」

 

引退後はペアの指導者として歩みたい。それを聞いた木下社長は、2人がすでに次のステージへ目を向けているのだと受け止めた。

 

「金メダルを獲ること自体は想像できていました。でも、ここまで世の中の人たちの心を動かすとは想像できませんでした。彼らが人々に受け入れられ、勇気や感動を与えた。そしてペアに対する世間の見方も変えました。メダル以上に想像を超えるできごとでした」

 

■五輪の最も苦しい場面で、今度は三浦が木原を支える側に

 

2026年2月6日に開幕したミラノ・コルティナ五輪。団体戦。三浦璃来(24)と、木原龍一(33)のペア、りくりゅうはショート、フリーともに1位となり、日本の銀メダル獲得に大きく貢献した。

 

ところが、個人戦のショート本番で、2人が最も得意としてきたリフトにミスが出る。首位と6.90点差の5位に沈み、木原はリンクサイドで泣き崩れた。

 

三浦を小5の時から指導に当たっていたソルトレークシティー五輪代表の本田武史さん(45)は心配した。

 

「コンビを組んだ当初から龍一は『リフトは絶対に落とさない』と言っていました。そのリフトでミスが出てしまった。龍一があそこまで落ち込んだところを、僕は今まで見たことがありませんでした。点差よりも、彼が立ち直れるのかが心配でした」

 

高校時代の木原を知る中京大中京高の非常勤講師、臼田泰典先生(70)はスマホを手にした。

 

「居ても立ってもいられなくなり『君の力はこんなもんじゃないだろ。これで終わっていいのか、今まで頑張ってきたんだから絶対大丈夫だ』とメールしました」

 

カナダの修業時代から2人をサポートしてきたトロント在住のマッサージセラピスト、青嶋正(62)さんは、号泣する木原の姿をこう見ていた。

 

「人前で泣くことは、弱さではありません。信頼できる相手の前で、自分の弱さをさらけ出せることもまた、強さなのです。木原君が璃来ちゃんの前で号泣できたのは、そこに7年分の信頼があったからです。璃来ちゃんがそれを受け止められたのは、かつて支えられる側だった彼女が、木原君と同じ高さで競技を見つめる選手へと成長していたからでした」

 

そのしばらく後、本田さんは、木原の横にいた三浦の変化に気づく。

 

「璃来は緊張すると目が泳ぐことがありました。でも、あのときはそれが一切なかった。龍一を励ましている姿を見て、璃来がこんなに強くなるなんてと思いました。それまでの7年間、生活面でも競技面でも、龍一が璃来を支える場面は多かった。海外生活の不安、リフトへの恐怖、コンディショニングへの戸惑い。そのたびに、龍一は璃来に道を示してきた。だが、五輪の最も苦しい場面で、今度は璃来が龍一を支える側に回ったのです」

 

三浦は、木原にこう声をかけたという。

 

「まだ終わっていないよ。積み重ねてきたものがあるんだから、絶対にできるよ」

 

そして迎えたフリー本番。冒頭の3回転ツイストリフトを決めると、りくりゅうは一気に波に乗った。ショートでミスしたリフトも、“絶対に落とさない”という気迫で支え切った。

 

木下社長は演技を直視できなかったという。

 

「子どもの運動会を見る親のような気持ちでした。失敗するな、失敗するなと思いながら、一つ成功するたびに、失敗しなくてよかったと。リンクを真正面から見ることができず、コーチのブルーノ(・マルコット氏・51)のほうに顔を向けながら横目で見ていました。でも、会場は演技のすばらしさを先に教えてくれたのです。あの日いちばんのスタンディングオベーションでした」

 

金メダルが確定した瞬間、2人は床に座り込んだ。

 

かつて“お荷物”と言われた日本のペアに、五輪王者が生まれた瞬間だった。

 

■日本のペア競技を世界の頂点へ押し上げた。それは次のスケーターたちを支える力に

 

木下社長にとっても、りくりゅうの引退は別れではない。

 

「引退を報告してくれた日、カップル競技を中心にしたアカデミー構想や、2人がプロデュースするアイスショーの話まで進みました」

 

すでにカップル競技専門のアカデミー構想があり、三重県には土地の用意もある。自分がいなくなっても支援が続くよう、公益財団法人も作ったという。

 

2人が立ち上げたアイスショーは、パートナーとの出会いは運命との思いが込められた「THE DESTINY(運命)」。カップル競技のスケーターたちを中心にした公演として、7月31日から8月2日まで東京で開催される予定だ。

 

りくりゅうの物語は、金メダルで終わらない。木原が三浦を支え、三浦が木原を支え、2人で日本のペア競技を世界の頂点へ押し上げた。その歩みはこれから、次のスケーターたちを支える力になる。

 

かつて光の当たらなかったリンクの片隅に、2人が灯した光は、もう消えない。

 

【後編】「引退覚悟からのスタート」りくりゅう 指導受けるため片道7時間を何度も往復、三浦の弁当作りまで…恩人が明かす“木原の覚悟”へ続く

 

画像ページ >【写真あり】ペアはかって「お荷物」と言われたがミラノ五輪の団体戦では銀メダルに貢献。女子シングルの坂本花織(中央)と抱き合う三浦(他3枚)

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