朝7時、店の奥の厨房に入ると、釜の中で小豆が静かに息をしている。粒のそろった北海道産の小豆が水から火にかけられ、ぷつ、ぷつ、と小さな泡が上がる。
沸いたら一度火を止め、30分ほどおいて豆をふくらませる。最初の煮汁はあく抜きのために流し、もう一度水を入れて、やわらかくなるまで煮る。
小豆を取り出して指でつぶれるころ合いを見て、ザラメを加える。さらに水飴を流し入れると、釜の中の艶が変わる。
「お砂糖を入れたら、もう離れられないです。焦げちゃうからね」
少し重くなった木べらを握る手を休めずに、そう淡々と語るのは、村松加寿子さん(90)。
静岡県藤枝市。旧東海道の面影が残る街角に、夏になると人が吸い寄せられる甘味処がある。和カフェ「まるか村松商店」。“看板娘”の加寿子さんが釜の前に立つのは、この店のいつもの朝の風景だ。
天気予報では今日も30度以上になるとのこと。この地域で暑さを表現する“ぬくとい”を超えて“ばか暑い”日になりそうだ。
「今日はかき氷用のあんこを多めに作ります。同じあんこでも、大判焼きなら、皮の中で熱を受け止めるため少し硬めに。団子やおはぎなら、粘りが出るように、もう少し炊いていきます。かき氷には少しゆるめに炊いたほうがいいの。さあ、もうそろそろ仕上げです」
厨房に立ちこめた小豆の甘く香ばしい匂いは、店内にも広がる。土間敷きの店内には、洋菓子が並ぶ冷蔵ケースがあり、その横には駄菓子や地元の野菜が売られているコーナーも。テーブル2卓と小上がりには卓袱台が。その脇には、お茶を袋詰めする機械。とにかく昭和の雰囲気が濃い。
明治末期に創業した店は現在「まるか村松商店」として、加寿子さん、娘の弘美さん(66)、孫の加奈子さん(36)の女性三世代がつないでいる。
店を切り盛りしている弘美さんがこう語る。
「うちの店では、娘の加奈子が作る洋菓子も売っていて『何屋さんかわからない』と、よく言われますが、本業はお茶屋です。お茶の小売と地方発送をやっています。でも、よろず屋ですね。お茶に合う甘味も一緒にと、大判焼き、団子を売り出しました。冬はおでんも。そして今の一番の売りがかき氷です」
そんな店の夏の顔は、「抹茶あずきかき氷」だ。ふんわり削った氷に甘露を含ませ、藤枝産の抹茶をかけ、やわらかめに仕上げたあんこをのせる。半分食べたら、追い抹茶を。ひと口食べると、抹茶の苦味が先に立ち、あとから小豆の甘味が広がってくる。
多い日には一日に200杯の注文があるという。
ここに毎日のように通う静岡大学名誉教授の土居英二さん(79)はこのように語る。
「私はじつは糖尿病を患っているから甘い物は控えているんです。でも、一人暮らしの私は、ここへ来ないと、一日誰とも話さない。いつも温かく迎え入れてくれて、家族の団らんを味わえるから、毎日来ているんです。また家から15分ほど歩いて来るから軽い運動にもなる。それに加えて、この店のあんこを食べても血糖値が上がらない。不思議でしょう。この店のあんこにはくどい甘さがない。それでいてしっかりした芯がある。ただ甘いだけじゃないんです」
甘味に深みがある。女三世代が切り盛りする甘味処には、ほのぼのとした物語だけでは描ききれない奥深さがあるようだ。
