ダンディな装いは変わらない筒井康隆さん(撮影:小松健一) 画像を見る

日本SF界の先駆者のひとりとして、そして他に類を見ない新しい表現手法の開拓者として文学史に名前を刻む筒井康隆。何ものにも忖度せず、書きたいことを書き続け、“断筆”も経験した作家は、いま老人ホームで妻と2人きりの穏やかな生活を送っているという。だが、創作意欲はまったく衰えていないようで──。

 

神戸の中心街から電車で30分、明石海峡に面した垂水駅へ。さらに車で15分。到着したのは神戸異人館風の住宅型有料老人ホームだ。ホテルのような高級感漂うフロントから2階のパーティルームへと進むと、車いすに乗った作家の筒井康隆さん(92)が現れた。

 

豊かなグレーの髪を後ろに流し、ストライプのワイシャツに三つ揃いのスーツ、ベストからは日本藝術院会員の懐中時計の鎖がチラリと見えるダンディな装い。

 

「シカゴ時代のギャングじゃありませんが、昔のファッションを守らなきゃいけないと思っているんですよ」

 

筒井さんは1965年に初の作品集『東海道戦争』を出版。その後、『時をかける少女』(1967年)、「七瀬三部作」(1972~1977年)、『夢の木坂分岐点』(1987年)、『文学部唯野教授』(1990年)、『パプリカ』(1993年)、『敵』(1998年)、『モナドの領域』(2015年)など代表作は枚挙にいとまがない。そして、近著には『筒井康隆自伝』(文藝春秋)がある。

 

「文学界におるわけなんですが、その人生を振り返りたい思いがあったんです。昔、『記憶の断片』というエッセイを書いたんですけど、断片的ではなく、ひとつながりの自伝を書いてみようとして『文學界』(文藝春秋)で連載しました。

 

初回は原稿用紙30枚を一挙に掲載しましたが、完結するまで書けないかもしれないという思いはありました。当時は89歳で、心臓の血管の手術をしたばかりということもあって、健康に自信がなくなっていたのかもしれません」

 

追い打ちをかけるように、連載中の2024年には転倒で頸椎を損傷し、病院でのリハビリを経て、夫婦で高齢者施設に入居した。

 

だが悲劇も作品のネタとばかりに、包み隠さず原稿に落とし込むのは作家の性。昨年10月、自伝出版にこぎ着けた。

 

長きにわたる作家生活に寄り添ってきたのが妻の光子さん(82)。常に行動を共にし、新幹線でも隣に座れず、通路を挟んだ席になると、残念に思うほど。そんな愛妻家の筒井さんが、夫婦で乗り越えてきた作家人生を振り返った。

 

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