アメリカ大統領選挙レースで異変が起きています。不動産王であり歯に衣着せぬ過激な発言で知られるドナルド・トランプ氏が、共和党の大統領指名候補争いで不動の1位の支持率を保っているのです。
当初ほとんどのマスコミや専門家は「トランプ氏の爆発的な支持率は単なる短期的流行にすぎず、共和党の大統領候補になるのは絶対無理だ」と断言してきました。しかし今年1月になっても共和党基準の支持率は35%を超えており、共和党候補に指名される確率はかなり高い。11月に予定されている大統領選挙でアメリカ合衆国大統領に選ばれることも信憑性を帯びるようになっています。こうした彼の高い支持率を支えるのには2つの要因があるように思われます。1つは「移民政策」で、もう1つは「テロ対策」です。
まず「移民政策」ですが、彼は出馬表明演説で「メキシコ人は麻薬や犯罪を持ち込む婦女暴行犯だ」と発言するほど、ヒスパニック系に対する差別的発言を繰り返しています。アメリカには1千万人を超える不法移民がいるとされていますが、その多くがメキシコ人などのヒスパニック系であり、彼らをすぐ追放し、国境に壁を建て、建設費用をメキシコに支払わせるべきと発言しているのです。
’15年基準でアメリカの人口は約3億2千万人。うちヒスパニック系は約5千500万人といわれています。その半数以上がカリフォルニア州やテキサス州やニューヨーク州に集まっていますが、カリフォルニア州やニューヨーク州は伝統的に民主党支持。ほかの47州はヒスパニック系が少ないので、発言によって彼が被る被害はそれほど大きくないという判断があるようです。
次に「テロ対策」ですが、彼はイスラム信者を指すムスリムに対する完全なる入国禁止を要求しています。昨年1月と11月にパリで起きたイスラム過激派によるテロ、そして昨年12月にカリフォルニア州で起きたムスリム夫婦の銃器乱射事件の反動によって、トランプ氏の「ムスリムのアメリカ入国禁止措置提案」は支持を集めました。
こうしたムスリム批判戦略も、彼の支持率に致命的な悪影響を与えるものではないようです。なぜならアメリカ社会におけるムスリムの影響力は人口構成上大きくないからです。ムスリムに厳しい態度をとることで、反ムスリムやイスラム過激派テロに恐怖を抱いているアメリカ人の票を獲得する有効的戦略になっているともみられます。
こうしたトランプ氏の躍進は、味方である共和党の指導部にとって大きな悩みの種になっています。同指導部はトランプ氏の過激な言動で共和党支持者が割れてしまい、民主党の大統領候補になるとみられるヒラリー・クリントン氏に負けるのではないかと危機感を持っているのです。今まではこうした過激すぎる政治家がいても資金援助を切るといった方法で政治活動を制限してきました。
しかしトランプ氏は外部支援なしでも選挙ができるほどの莫大な財産を持っている。それだけに共和党も困っています。最近では「もし自分を不適切な方法で大統領候補レースから脱落させるのなら、無所属出馬もあり得る」と党を脅かしています。これは、共和党にとって最悪な状況です。なぜならもしトランプ氏が無所属で出馬すれば共和党支持が割れてしまい、民主党に負ける確率がほぼ100%になってしまうからです。
トランプ氏にはいわゆる政治家っぽいところがほとんどありません。つまり「利権争いが蔓延し妥協の連続で玉虫色の政策になってしまうのが政治である」という今までの政治への不信が、トランプ氏の支持につながっているのです。アメリカ大統領選挙、しばらく目が離せなさそうです。
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