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1月某日 北イタリア・パドヴァ

先日、昼食をとりに行ったうちの近所のタベルナ(食堂の意味)で、調理人兼オーナーであるクラウディオさん(73)が、前掛けをしたままのスタイルで珍しく私の座っているテーブルまでやってきて、「この間あんたが食べた干し鱈、どうだっだ? 正直に言ってくれよ」と話しかけてきました。

「しょっぱさが足りなかったかい? 食感は固かったかね? 本当のことを言ってごらん」と、ただでさえシワシワな顔を不安そうに歪めながら、矢継ぎ早に私に問い質してくるのですが、私はその干し鱈を食べた記憶がいつのことだったか曖昧で、即答できずに考え込んでいました。

すると、ホールを手伝っている娘さんが近寄ってきて「ねえ、まだこだわっているの!?」と、お父さんの顔を訝しそうに覗き込みました。

話を訊くと、先日クラウディオさんが丹精を込めて調理したヴィチェンツァ風バカラ(干し鱈)が、とある人から非常に不味かったなど、散々クレームされたと言うのです。何十年にも及ぶ料理人人生で、ましてや自分の得意料理とするバカラを不味いと、面と向かって責められてクラウディオさんは大きなショックを受けていたのでした。

「いままで、他のものが不味いっていわれても、バカラだけは褒められ続けてきたのに、それが悔しくて……

しかし、クラウディオさんが自分の料理の腕に不安を感じ、たよりなさそうな表情で私に嘆きの呟きを並べていたのは最初の数分だけでした。話を聞いているうちに、その内容は次第に、自分の料理に文句をつけてきた爺さんのほうへと移行していったのです。そして挙げ句には「だいたいね、もうあの爺さんは味覚がもうろくしているんだよ、あの日も入れ歯の調子も悪そうだった。なのにバカラの不味さを俺のせいにされても困るよね」という結論に行き着き、「ねえ、そう思うでしょ!?」と、半ば強制的な同調を私に求めてきました。

私はその入れ歯の爺さんが誰なのか知る術もありませんでしたが「はあ…」と曖昧に返事を返したら、クラウディオさんは何だか俄に元気になって私の背中をぽんと叩き、ニヤニヤ笑いながら厨房へと戻って行ったのでした。娘さんによると、その入れ歯の爺さんとクラウディオさんは中学時代からの同窓で、「お互いの悪口を言い続けて60年の仲良しよ」と笑いながら言っていましたが、そのとき私は、イタリアという国では「あの人は、人の悪口いっさい言わないから、“良い人”だ」という概念が、例えば日本に比べてとても薄いことにふと気がついたのでした。

日本だと“良い人”の形容としてよく用いられる「人の悪口を言わない人」ですが、それが本当だとすると、イタリアには滅多に“良い人”は居ないことになってしまうかもしれません……。というくらい、イタリア人は他人の噂が大好きで、常に誰彼かの話をするのを止められない国民のように思えます。それどころか「人の悪口を言わない人なんか、絶対信用しないね!」と言う人も居るくらいです。

 

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