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2月某日 東京

私は音楽家の両親の間に生まれたので、子供の頃は親と同じ音楽家になることを望まれて育ってきました。オーケストラに勤めている母に連れられて、クラシック音楽のコンサートで子供にとって退屈な楽曲であっても必然的に聴かされてきましたし、家ではそんなオーケストラのメンバーが集まってしょっちゅう三重奏だの四重奏だのを演奏しているような環境で、大好きな児童文学を読んで物語の世界に入り込んだりしていました。

そんな音楽に囲まれて育った私が自分の感性の表現手段として最も楽しいと思えたのは、音楽ではなく絵を描く事だったわけですが、今でも自分の気に入るようなストーリーがなかなか思い浮かばないときは、ジャンルを問わず音楽を聴くようにしています。BGMをかけてお話を考える、という子供時代の妄想癖が今も衰えていないからかもしれません。

そんなわけで、私は漫画家ではあるけれど、起動用の燃料の大部分は音楽という成分で出来ていると思っていますし、そういう漫画家さんは結構いらっしゃると思います。

先週、山下達郎さんのコンサートへ行ってきました。達郎さんのファンでもあり彼のキャラクターイラストを手がけているとり・みきさんと一緒に仕事をするようになった事もあって、数年前から帰国のタイミングでコンサートがあれば伺っていたのですが、達郎さんのその驚くべきエネルギッシュさと、世界レベルでも類を見ないハイレベルな演出で最初から最後まで観客を魅了させるパフォーマンスには、ご覧になった方ならわかるかもしれませんが、毎度圧巻されっぱなしになります。

そして今回は、なぜかその興奮の絶頂状態の中でいきなり私の頭の中に連載中の漫画『プリニウス』のネタが浮かび上がってきたのでした。山下達郎さんも「難しいけどちょっとずつ読んでますよ」と仰って下さった作品ではありますが、正直彼の音楽と古代ローマには全く、一切合切、何の接点もありません。なのに、達郎さんの天まで届きそうな浪々とした声を聴いている最中に、いきなり私の脳内にAD60年あたりのプリニウスの世界がぱあっと広がってしまったのです。

私にとっての山下さんの音楽は、それこそ私がクラシック音楽の道に進みたくないと思う、確実な心境にしてくれた具体的きっかけでした。当時生意気な小学生だった私は、バイオリンの稽古も辞めて、ご近所の大学生から借りたシュガーベイブのレコードにハマり、当時の日本のニューミュージックや外国の軽音楽、そしてブラジルの音楽などを好んで聴くようになったのですが、高校時代は精神がひねくれて一瞬パンクに走るも、17歳で初めてイタリアへ留学のために渡ったとき、私がウォークマンでいつも聴いていたのは、当時の達郎さんの新譜であった『Big Wave』でした。

イタリアの古の都ローマへ向かっているというのに、私の装いはロンドンのカムデンパレスに集う若者を意識したボロボロのパンク仕様、しかも聴いているのがハワイのサーファーたちを描いた映画のサウンドトラックでもある達郎さんの音楽……という、まるで体現化された抽象性みたいな有様になっていましたが、私にはどうも景気をつけたいときに達郎さんの音楽を聴いてしまう傾向があるようです。

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一流の作品、その作り手のエネルギーに触れると、眠っていた細胞が奮い起こされる

それはおそらく、音楽としてのジャンルがどうであるから、とか、音がどうである、というよりも(もちろんそれも重要ですが)作り手のエネルギーやクオリティ、ダイナミックさに妥協のない姿勢、といった様々な要素に対して発生するとてもストレートな感動であり、それはルネサンス時代が始まる前に古代ローマの超絶技工の彫刻や建造物を見つけてしまった人々の眠っていた細胞が奮い起こされるような、あの感覚に近いのではないか、なんてことを思ったりもします。

勿論それは音楽に限った事でありません。たとえば、今上野で開催されているボッティチェリ展で展示されている数点の作品を、搬出直前にフィレンツェの美術館や修復工房で目の当たりにした直後も鳥肌を立てたまま我が家に帰り、いつもなら3日悩むネームをそのときは、何かが取り憑いたかの勢いで、ものの数時間でやってしまったのでした。

映画を見ていても、小説を読んでいても、テレビ番組を見ていても同じ現象が起こります。最近は忙しいのであまり一人旅もできていませんが、旅もやはり活力インプット要素としては自分にとってとても大きいものかもしれません。

先日、村田和人さんというミュージシャンが亡くなられました。彼はかつて達郎さんのステージでコーラスをやっていたこともあるシンガーソングライターですが、80年代初頭に某カセットテープの宣伝に使われた『一本の音楽』がヒットして一躍その名前を知られるようになった人です。

この名曲を30年ぶりに聴き直してみて思ったのは、この時代の音楽には、聴いているだけで何が待ち受けているかわからない未来に胸をわくわくと高鳴らせ、自分を取り囲む壁の向こうへ飛び出し、人生で可能な限りの感動や喜びを体いっぱいでキャッチしたい、という至極前向きなパワーを焚き付けるものが沢山ありました。そしてこれも、そんな一曲です。

《一本の音楽が僕の旅のパスポート》という歌詞は耳にした途端、よし、何か楽しい事しよう、どこかへ行こう、面白い作品を作ろう、という思いを今でも駆り立ててくれます。

そういえば、漫画家の赤塚不二夫氏が若かりし頃、手塚治虫氏と初めて会った時に言われた言葉が「一流の映画を見なさい、一流の音楽を聴きなさい、一流の本を読みなさい、一流の芝居を見なさい、漫画から漫画を学ぶな」という事だったと、ドキュメンタリーで話していたのを見た事があります。

要するに表現者になりたいのなら、多角な視野を持って全てのジャンルの表現作品や事象に感動を覚えられる人になれ、自分に興味のある分野だけではなく、様々な良質の燃料で自分の創作意欲を稼働できるようになれ、という事だと思うのですが、手塚氏のこの言葉は漫画家と限らず、全ての表現者が意識に止めておくべきことではないかとも感じました。

蛇足ですが……、3時間以上にも及ぶ達郎さんの出血大サービスなステージが終わり、トイレの前にできていた長蛇の列に並んでいると、初めて彼のライブを観たと思しき中年女性3人くらいの会話が後ろから聞こえてきました。

「ねえ、あんなに足が長いなんてびっくり!」「山下達郎って63歳なのにスタイルいいのね、知らなかった」「っていうか、とにかくあのスタミナが羨ましいわあ、うちのお父さんにも見てもらいたかった。あははは」

山下達郎という人は、そのパフォーマンスを通じ、全ての人をありとあらゆる側面で感動させることのできる希有な表現者なのだということを、その会話からも実感した次第。

(達郎さんとまりやさんで手がけたという、今日出たばかりの嵐の新曲を聴きながら執筆中)