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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

「ねぇねぇ、春先に亡くなった西原のおじさん、やっぱり見てたらしいわよ」

昨夜遅く帰ってきた美由紀が、まだ眠そうな顔で現れるなり、朝の準備に忙しい母を捕まえてわけのわからないことを言い始めた。

「見てたってなにをよ」

良子や明美ならば無視するところだが、それでも母は、手を止めることも無く返事を返している。

「アレよアレ。真夜中に現れるっていう子どもたちの霊…」

「また、そんないい加減なこと言って…。西原さんに失礼よ」

どうやら昨夜は、地元の友達とでも遊んでいたに違いない。近頃地元で囁かれる噂話を蒸し返している。

さらなる犠牲者

美由紀が言う西原さんとは、同じ町内に住むご夫婦だが、まだ60代とお若いのにダンナさんがこの春お亡くなりなった方だ。亡くなったのは二月の末。生前は父とも親交があったらしく、告別式には父と母が揃って出席していた。

昨年末の裏巳午に端を発する怪奇談は、新年を迎えて新たに二人の自殺者を出し最高潮を迎えていた。子どもはおろか、大人たちまでが日が暮れてからの外出は控え、三人寄れば「どこに出そうだ」とか「出たらしい」などと噂話で盛り上がった。

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そして三月を迎えようとした頃、西原の家で不幸があったとの一報が流れた際には「また自殺か」と色めき立ったが、残された家族から死因は末期の膵臓癌と知らされ、ひとまず噂は収まったかに見えた。それでも誰が言い始めたのか、半年以上も経つ今頃になってまた、「癌は小康状態だった」と直接の死因ではなかったとされ、加えて「夜中に子どもたちの声がして眠れない」と亡くなったおじさんがこぼしていたとの尾ひれまで付き自殺説が浮上したのだ。

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「お母さん。そういえば…西原さんって、お父さんの所によく来てたわよねぇ」

「そうよ。…息子さんをお父さんが教えたことがあるらしくて、息子さんが卒業してからも時々いらしてたわね。気が合っていたようだけど…、だからって二人がなにを話してたかまでは知らないわよ」

父は長く考古学をする傍ら中学教諭をしていた。

「なによ、なんでお母さんってパパのことになると疎いの?」

「だってしようがないじゃない、お父さんはなんでも自分で決める人だったんだから。お母さんになんか相談することなかったのよ」

などと、忙しい母と寝ぼけ眼の美由紀のやり取りは続いている。

確かに父は、基本的にはなんでも自分で決める人だった。だからといって独善的ではなかったし、何事も客観性を重視して結論を出す人だった。決定は限りなく公平なものだったが、得てしてそれは自分たちに不利益をもたらすことが多かったのも事実である。そんな身贔屓の無さが、身内には冷淡に見えてしまう側面があった。

「お母さん。それって、西原のおじさんがお亡くなりになる前も来てたのかなぁ」

聞き流していたはずの二人の会話が、明美のどこかに引っかかる。もともと美由紀の軽口から始まった話ではあったが、明美にとっても聞き捨てならない展開になってきた。

「…そうねぇ。そんなにちょくちょくは来てなかったけれど…。そう言えば、お亡くなりになる前にも二度ほど続けていらしてたわね」

「ちょっと待ってぇ、それって事件なんじゃない」

「美由紀、ちょっと静かにしなさいっ! …その時、パパはなにか言ってた?」

思いがけず深さの増した話が、またぞろ美由紀の餌食になろうとしている。明美は、何かヒントを掴んでこの窮地を脱することだけに集中した。隣で美由紀が、「お姉ちゃんなんかなによ…」みたいなことをぶつぶつ言っている。

「お父さんが? お父さんが私になんて話すわけないじゃない。西原さんとのお話しだって、いつも応接間でしてたし、お茶かお酒を持っていくだけの母さんにお話の内容なんてわかるわけないわよ。でもお父さんのことだから、なにかあれば書いてあるんじゃないの? あんたたち、書斎でなにか見なかった? お母さんは読んだことないけれど、お父さんって色々書き溜めてたでしょ」

確かに、書斎を整理しているときに膨大な量の手帳が出てきた。姉の良子と一緒に古い手帳を何冊かパラパラめくってみたが、そこに家族のことなど書かれているわけもなく、ただただ発掘調査の詳細が記されていることに二人して軽く落胆したものだ。そしてメモの内容より、筆跡の変化やアンパン一個的なレシートに一喜一憂したのを覚えている。

「そうか…。西原のおじさんって、パパのところに来てたんだ…」

明美はひとり合点した風を装いリビングを後にした。リビングでは、いつもの姉批判が続いていたが、すでに明美の足は父の書斎へと向かっている。頭の中には、先日姉とした書斎を整理しているときの光景が蘇り、母がいう手帳らしきものの在り処を確かめていた。

遺された手掛かり

本来は測量値を記す細かい罫線が碁盤に刻まれた手帳には、びっしりと文字と記号が書き連ねてある。そんな緑表紙の手帳が、デスク脇の棚に数十冊並んでいた。表紙の日付を追っていくと…あった。まだ真新しい手帳がひとつ、これだけが並べられることなく列の上に横たえられている。恐る恐る手帳を開くと、まさか自分が死ぬなどと思ってもいなかった父の癖のある文字が並んでいる。TV番組かなにかの拾い書きなのだろう、いくつかの専門用語に父の簡単な注釈が書きなぐられている。その乱暴な文字の羅列が、明美はいとおしくて目頭が熱くなった。

「殯(もがり)」「葬送儀礼」などと、見過ごせない文字が飛び込んでくる。やはり父は、何かを探していたようだ。そしてさらにページを繰ると、「西原氏」と記された下に、「小人霊~類例を探せ」の走り書きと、明美が最も恐れていた言葉が斜め書きされていた。

“一で俵踏まえて 二でにっこり笑ろて 三で酒造って 四つ世の中善いように 五ついつものごとくなり 六つ無病息災に 七つ何事ないように 八つ屋敷を建て広げ 九つ小倉を建て並べ 十でとうとうおさめた この家繁盛せえ もひとつおまけに繁盛せえ”

よほど気が急いていたのだろう、書きなぐるように斜め書きされた数え歌を目にした瞬間、明美の脳裏に列を成して歩く子どもたちの姿と歌声が鮮やかに蘇った。やはり父は知っていた。亡くなった西原のおじさんは、確かに子どもたちの霊を見ていたのだ。

部屋に持ち帰った数冊の手帳を読み進めると、そこには、黒玉・朱・陰陽道・呪術・修験道・丹生・小人伝説・還り人・生口などの文字と考察がそこかしこに記され、いかに父があらぬ世界に思いを馳せていたかがうかがえた。中でも、黒玉・朱と記された辺りの記述には、明らかに娘に向けて語りかけるような…教え諭す口調が見て取れて嬉しかった。

そんな父への思いを胸に、いつものように祖母の部屋に座り静かに墨を摺り始める。墨や筆から祖母の温かみが感じられ、それはそのまま懐かしい父の匂いへと変わり、いつしか幼い日の父の背に揺られた記憶がまざまざと蘇ってきた。

「これは、この家の屋敷神さまぞ。決して粗末にしたらいかん。普通の人にはただの神さんやが、お前には違う。今夜もこうしてここに来たんわ、おまえが神さんに呼ばれとるけんや。…しんどい思いするやろが仕方ないな。父さんみたいに逃げ出さんと、お前はしっかり継げるとええ…」

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思い出そうとしても思い出せなかった父の言葉が、まるでその場でしゃべっているかのようにはっきりと聞き取れる。おぶられた父の肩越しに見る小さな祠が、月明かりに照らされて銀色に輝いている。そしてビジョンは、さらに幼く、父の背におぶわれる以前の音も光も無い、有るか無きかの感覚だけの記憶へと遡っていく。

温かくも柔らかな…これまでに感じたことのない感触に辺りを見回すと…、明美の肌を包み込むそれは、しっとりと薄桃色をした内皮のように滑らかで、まるで口腔をひるがえして見るような艶やかさと温度を持っている。

聞こえてくるのは…。耳朶からではない、臍の緒を通して伝わってくる大きな脈動と、自らが胸の辺りで奏でる微かな鼓動が時折重なる。そして、液状のなにかが吸い上げられたり押し出されたりする不規則なポンプ音の彼方から、誰かが明美を呼んでいた。

『…苦しい。息ができない。…死んでしまいそう…』

「さぁおいで。さぁ出ておいで。…ほうらいい子だ…」

誰かの手が、明美の頭を…顔を…首を、脇の下を掴み引っ張り出そうとしている。

目が開けられないほどに眩しい。そして、こみ上げてくる圧倒的な敗北感。

『嫌だ。出たくない。…また嫌な…辛い思いをするんだ。…嫌だ』

それは、明美自身が誕生する瞬間の記憶。

瞑想を解き、少しずつ明確になっていく意識の中で、明美は何度も何度も誕生する瞬間を反芻した。

『生まれてきたくなかったんだ。…生まれるって、辛い思いをすることなんだわ。…だから人は生まれてくるのね。きっと、なにかをやり直すために、…修行なんだわ。もっともっと遡れれば、きっと今世ではなく全く別の時代に生きていた私自身に会うことができるかもしれない…』

祖母や父の教えに触れ、なにより自分自身の瞑想を正すことで始まった時を遡ることの意味を、その日一日、明美は自分自身に思い知らせるように何度も何度も思い返した。

封印された怒り

「アンタ変わったな。なんやら、ばあさんみたいな感じがするがね。なにがあったんぞね」

明美にとって革命的な瞑想を終えた二日後に現れた中村のおばちゃんの第一声がそれだった。あれから明美は、まるでなにかに取り憑かれたように瞑想を繰り返していた。そして瞑想は、取り組むたびに異なる深さを示してくれる。

「おばちゃん、普段のおばあちゃんってどんなだった?」

「普段のって…わたしらにはいっつも変わらんかったけどな。正直で優しい、エエ人やったで」

「でもおばちゃんは、おばあちゃんが小さい頃から仲良かったんでしょ? なんか、他の人とは違うところって無かった?」

「ほら、他の人とは随分とちごうとったわい」

「なにが違ってた?」

「なにがって…。ほうやな、ばあさんはわたしらとおんなじようにしよったけど、わたしには色んなところが違うような気がしたな。大人になってからじゃけど、あれはばあさんが同じように振舞いよっただけやなかろうか思うたで。それになにより、ばあさんはなにがあっても怒らなんだわい」

「怒らない?」

「ほうや、なにがあってもや…。ばあさんが怒ったとこなんぞはいっぺんも見たことないで」

「だから優しかった…?」

「いや。優しかったいうんは別よ。怒ったことがないけん優しかったいうんやのうて、…道端でカエルが死によるじゃろ、これがもう放っておけんのよ。皆が気持ち悪がっとるのに、ばあさんだけはじぃっとカエルを掌に乗せてお祈りしよるんよ。ある時、なにをしよるんか聞いてみたら、『怒りや恨みを解いてあげるんや』いいよったわい」

「ふ~ん。なんかわかる気がするけど…でも、それと怒ったことがないってのは別でしょ」

「ほうや、別よ。あれは、まだばあさんが小娘さんの頃やったかな、ここいら辺にも性質の悪いモンがおってな。ばあさんが変わっとるってのは有名やったけん、ばあさんの顔見るとえげつないことゆうてからかうんよ。それがしつこうてしつこうて、一緒におるわたしらが我慢できんくらいやのに、ばあさんは平気な顔しとるんよ。で、『言い返しちゃったらエエ』ってゆうたら、ばあさんが涼しい顔して『人に恨みは向けたらいかん』っていいよったわい。あれはなんじゃったんやろな。ようわからんけど、そんなおひとじゃったわい」

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わかる気がした。確かにそれは、祖母がまだ生きていた頃、幼い明美がいつも言い聞かされていたことだ。

「人を恨んじゃいけん。あんたが恨みを向けたら大変なことになる。…後悔することになるけん恨んだらいかんぞね」

と、いつも言っていた。

その言葉が何を表すのか…。最初は意味が分からなかった。しかし明美には、その後、嫌と言うほど思い知らされる、今でも怖気だつような記憶が有った。

転生

「死後、再び肉体を得る」と言う概念は、およそあらゆる宗教に共通しているが、それらは大きく三つのタイプに分けることができる。一つは「同族間で繰り返す、転生型」。二つ目は「自らが生と死を繰り返す、輪廻型」。そしてもう一つが、人種や地域に縛られず「魂を成長させるためにする、リインカーネーション型」である。真印さんによれば、現世とは「魂の修行場」であり、転生とは「生前、修行の成果が足りない者が繰り返し産み落とされること」という。歳の割に道理をわきまえない人や、妙に大人じみた子どもが居たりするのは「転生の回数が異なることで起こる現象」(真印さん)と言う。よく「幼児性が抜けない」とか「早熟」だとか「老成している」などと言うが、それこそが転生した回数によって現れる顕著な違いなのだ。転生を繰り返せば繰り返すほど、現世で人は「早熟・老成」しており、そうでない人は「幼児性」が中々抜けていないというのだ。

SILVA真印オフィシャルサイト

著者プロフィール

那知慧太(Keita Nachi)愛媛県松山市出身 1959年生まれ

フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。