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長崎県に生まれ、看板店、ちり紙交換、ダスキン配達などの職業を経て33歳で漫画家になった蛭子能収(67)。これまで人から相談を受けたことは皆無だったという彼が、本誌読者からの相談に答える!

 

【Q】「ミュージシャンになる夢があります。それをかなえるために高校卒業後は実家を出て、東京に行こうと思っていますが、両親は大反対。夢をかなえた蛭子さんならどう説得しますか?」(ビス子さん・16・高校2年生・青森県)

 

【A】「東京には夢なんてない」(蛭子能収)

 

東京には夢なんてないですよ。しかも、オレが上京したのはマンガ家になりたかったからではありません。

 

高校時代に、グラフィックデザイナーの横尾忠則さんに憧れて、地元の看板店に就職し、「横尾忠則のような絵を描くぞ」と思ったけど、仕事は看板の取り付けばかり。

 

しかも先輩がいつも怒鳴っているんですよね。それでも5年間、必死に働いたんです。それで我慢できなくなって、当時、大阪で万博をやっていたので「勉強のため見てきます」と休みをもらって、東京に逃げたんです。

 

母親には出発の前日に伝えただけですが、チャンスは今しかないと思ったんですよね。

 

夢を追いかけて東京に来てもどうせ失敗しますよ。今の環境でギリギリまで耐えて、最後の最後で実家とか田舎から逃げればいいんですが、我慢もしないで東京に行ってもだめじゃないですかね。