「どんどん本音を発信してほしいんです。それが町の活性化につながると思うんですね。そのためにも私は、『よお!』って気軽に話しかけてもらえる存在でありたいと」

 

今年7月9日、桑原悠さん(32)は31歳の若さで、生まれ育った新潟県中魚沼郡津南町の6代目町長に就任した。財政難や少子化、過疎高齢化など問題が山積する町で、「このままでは(町が消滅していくのに)間に合わない」と危機感を訴えたのが支持されての当選だった。

 

養豚農家の隆宏さんと結婚した悠さんは、夫の祖父母と両親、夫婦と2人の子どもの、4世代8人同居の大家族で暮らしている。実家から徒歩1分の近さだ。悠さんは、実家と嫁ぎ先それぞれの家族に支えられ、ごく自然に仕事と子育てを両立させている。

 

悠さんは’86年8月4日、豪雪地帯としても知られる山あいのこの地、津南町に生まれた。父・雅之さん(55)は兼業農家の公務員。2歳下には弟がいて、母・厚子さん(56)は、子育てが一段落してからはパートで働いている。

 

「私たち子どもも、中学までは田植えの時期には苗づくりを手伝っていました。とうもろこしの出荷作業やアスパラガスの収穫作業も、家族総出でやっていましたね」

 

小学校入学前後から、悠さんは“仕切り屋”としての能力を発揮し、リーダーシップを見せるようになったという。少女時代の夢は、国連で仕事をすることだった。

 

「緒方貞子さんの本を読んで、私も世界の弱者のために働きたいと思ったんです」

 

高校は、グローバルなリーダー育成を目指す県立のモデル校、国際情報高校(南魚沼市)に入学。さらに早稲田大学に進学する。夢に向かって一直線に見えるが、悠さんは首を横に振った。

 

「私なんてしょせんは井の中の蛙だったんだな、と思い知らされたんです。高校も大学も、幼いころから高い教養を身につけている優秀な人たちばかりで」

 

国連で働く夢はいつしか霧散していた。大学3年から1年間はアメリカ・オレゴン大学に単位交換留学をして政治学を学んだが、就職は断念。東大大学院に進学した。主に勉強したのは地方自治だ。

 

大学院生活もあと1年となった’11年3月11日。大学院の図書館にいたときに東日本大震災に襲われ、翌日未明、地震速報で長野県北部地震を知った。長野県栄村と隣接する津南町は「震度6弱」――。

 

「実家とどうやって連絡を取ったのか……ショックが大きすぎて、覚えていないんです」

 

悠さんは4月に帰省。実家周辺に大きな被害はなかったものの、無残にも倒壊した家々やひび割れた道路を前にして立ちすくんだ。地方自治を学び、故郷の将来に危機感を覚えていた悠さんは、このとき思いきった決意をする。

 

「津南町に帰って、復興と変革のために自分をささげたい。そう思ったんです」

 

震災は、飛び出したはずの津南町の価値を、改めて見直す機会になった。

 

「東日本大震災のとき、東京では店頭からミネラルウオーターが消えて心細い思いをしたんですよね。津南町はおいしい水の宝庫です。河川の水量を生かした水力発電所がいくつもあり、エネルギー自給率は100%を超える。それに、東京で生活してみて驚いたんです。それまでは家で作った米や野菜をふんだんに食べて育ったけど、都会ではすべてお金で買わなければいけない。『こんなに高いものを、毎日食べていたんだ!』と。田舎の持っている価値に気づかされたというか」

 

この年の10月に行われる町会議員選挙が、悠さんの心を捕らえる。

 

「悩み抜いた末、町を変えるには町議になるのが早道だと考えたんです。一刻も早く町政に一石を投じないと取り返しがつかなくなる。そう思って、夏ごろに立候補を家族に相談しました」

 

しかし、悠さんは社会で働いた経験もない、25歳になったばかりの大学院生。16の議席を争う選挙戦では批判も多かったが、半面「何かが変わるかもしれない」と期待する声も少なくなかった。かくして蓋を開けてみれば、トップ当選である。

 

「とにかく若者が働きやすくて、定着できる町にしたいと必死に訴えました。町民のみなさんは変化を求めていたんじゃないかな」

 

町議になって7年。少しずつ成果を上げてきていたが、悠さんの危機感はさらに募っていた。

 

「町の積年の課題である過疎化、高齢化、財政の悪化など、解決できていないものが多かったんです。町議の立場では、やっぱり変革なんてなかなかできなくて」

 

任期途中の今年3月、悠さんは町長選挙に立とうと決める。そして、年齢が倍以上の相手を破って「現役最年少の町長」が誕生した。気の早いことに「先は県議か国会議員か」との声も聞かれる悠さんだが、本人は「まったくないです」と一笑に付す。

 

「ただ、世襲議員など、恵まれた環境で育った為政者が多いな、とは思います。地方の町村の人たちの暮らしぶりを実感として知っていて、きちんと味方になって地域の声を代弁してくださる国会議員の方々が少なくなっているのではないかと危惧しています」

 

そこへいくと津南町の現町長はといえば?

 

「う〜ん、上から目線にならないことだけは確約できます。なんせ、万年ヒラの公務員と、パートのおばちゃんの娘ですから(笑)」