登山ブームといわれて久しい。週末になると、若者から高齢者まで自分たちのスタイルで、山を楽しんできた姿を電車などで見かける。山の魅力を知ってほしいからこそ、“山の主治医”は講演などで、初心者にも山の危険性や怖さを教えている。
「遭難なんて自分には関係ないと思っている人が少なくないんですね。でも山の高さや登山経験に関係なく、誰にでも起こりうることです。私は、山で助かる命をひとつでも多く救いたいんです」
大城和恵さん(51)は、世界中の名峰を登ってきた日本人初の国際山岳医である。札幌市にある勤務先の北海道大野記念病院に日本で初めての「登山外来」を設立。山岳での3大死因――外傷、心臓突然死、低体温症を未然に防ぐために、登山者に健康・安全のためのアドバイスや指導をしている。
また、無料のウェブサイト「山岳医療情報」を開設。毎年夏の3週間は、富士山の8合目にある「富士山衛生センター」に勤務しているという。ここ数年、日本ではとりわけ中高年の登山愛好家が急増。そのぶんだけ山岳遭難件数も増えている。昨年の遭難者は3,111人(うち死者・行方不明者354人)。
「登山初心者がほとんどの富士山では、1日に20人くらいが具合を悪くして訪ねてきます。白衣姿で外に出て、目の前を通る登山家たちに高山病や脱水症、低体温症の怖さを伝えることも。山岳医療は、予防してナンボですから(笑)」
大城さんは、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)が、’13年秋に敢行したイモトアヤコのヒマラヤ山脈・マナスル登山(登頂まで約1カ月間。標高8,000メートル)にチームドクターとして参加。登山家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さん(86)が、’13年5月23日に世界最高齢記録を打ち立てた、標高8,848メートルのエベレスト登頂にも同行した。
「イモトさんは、ほんとうによくがんばったと思います。挑戦を前に、日本でしっかりトレーニングを積んできていたんですね。私は、歩くスピードや水分調整、酸素ボンベの残量チェックなどでケアをしました。登頂を成し遂げたときはうれしかったですね」
大城さんは、今年5月17日、世界最高峰のエベレスト登頂に挑み、成功した。まったくのプライベートであり、総額700万円の費用の一部は借金しての挑戦だった。ルートは難易度の高い中国・チベット側からだ。
「生きていく限界の高所で酸素ボンベをどう使えば、トラブルなく登頂できるか――。治療のためにも、自分の体で試したかった。山頂に立ったときは、とにかくうれしくて。山岳医として、エベレストに登っていないという物足りなさもようやく解消されました。それにエベレストというのは、ちょっとミスをすれば死が待っているんです。生きていることのありがたさを心底感じましたね」
1年の3分の1は山に入っているという大城さんは、いつだってエネルギッシュだ。
「遭難情報があると、その原因を確かめるために山に行くこともあります」
’09年夏に北海道大雪系トムラウシ山で8人の登山者が低体温症で死亡したときも、どのような状況だったかを検証しに現場に行った。
「山にいると、どこまでが仕事で、プライベートなのか自分でもわからないんですけどね」
自ら危険な山で研さんを積み、今まで誰もできなかった医療を実現する大城さんは“山の主治医”として今日も命を救い続ける。