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「針を刺した指先を下にして、絞り出すように、血液をそこに垂らしてください」

 

言われるがまま、記者は血をほんの数滴、小さな容器に滴らせた。この日は、ある検査を受けさせてもらっていた。

 

ここは、兵庫県神戸市のバイオベンチャー「マイテック」。今、同社が発信する先端技術に世界の熱い眼差しが向けられている。それは、独自のがん検出技術だ。

 

まず注目されたのは、ごく微量の血液から短時間で体内のがん細胞の有無を判別できるという検査の簡便さ。そして何より世界を驚愕させたのが、「ステージ0」、大きさ0.1ミリ以下という超早期のがんも、見落とすことなく検出するという確度の高さだ。

 

「とった血液を遠心分離機にかけ、上澄みの血清を私たちが独自に開発したバイオチップ“プロテオ”に垂らします。すると、がん細胞から血中に微量に溶け出した関連物質がチップに吸着する。それを傾向顕微鏡で解析することによって判別します」

 

こう説明するのは、プロテオを開発した同社の長谷川克之さん(59)。現在、国内60カ所の医療機関がプロテオによる検査を導入、約5千人が受検しているという。

 

その画期的な技術を生んだのが1999年、克之さんと、妻で同社の社長を務める幸子さん(54)が設立したバイオベンチャー。総勢4人という“家庭内手工業”のような小さな会社が、世界に先駆けて先端テクノロジーを世に送り出したのだ。

 

しかも、克之さんは医療分野とはずっと無縁。そもそも、最終学歴は地元の公立中学校だ。

 

なぜ、信じられないような発明ができたのか。本人は、こう自己分析をする。

 

「僕ね、できるまでやるんです。絶対やめない。人に負けたくないって気持ちが強いんです。意地を形に変えたいっていうのがあったのかも…。だからできたんだと思う。それに、自分のこと、研究者だとか、そんなおこがましいこと思ってません。自分は発明家だと、そう思っているんです」

 

もともと建設機械の会社に勤めていた克之さんは、まずは建設機械から開発を始めた。以降、すっかり物作りの楽しさに目覚め、数十点もの発明をし地元の姫路市や兵庫県の“発明大賞”をなんども受賞した。

 

そんなときだった。知り合ったある大学教授から、こんな言葉を投げかけられたのだ。

 

「バイオチップ、作ってみませんか? これができたら、世界が変わりますよ」

 

克之さんの心に新たな情熱が灯った。時代は90年代末、ナノテクなんて言葉が流行し始めていた頃。それまでトン単位のものなどを開発したり売ったりしてきた克之さんが、今度は自宅の台所で何やらチマチマと作業を始めたのだ。

 

それを、妻の幸子さんはどう思っていたのだろうか。

 

「『今度はナノや』って始めた時は『え!?』とは思いましたけど。でもこの人は全部、実際に作ってきてましたので。人がしたことないこと、してきましたので」

 

家族の協力を得て、まずは別の用途のバイオチップ作りに挑戦したという克之さん。そうして完成した、食品の残留農薬や工場排水などの汚染物質を検出するバイオチップは様々な大学や企業で『桁違いの感度だ』と騒がれ、ドイツの有名な研究者が研究室を訪ねてきたこともあったそうだ。

 

「それから、今度は医療分野の中でも誰もが一番困っているがんの検出に挑戦しようと考えたんです」

 

そうして完成したのが“プロテオ”。

 

血液数滴でごく小さながんをも発見できるそのチップは今や世界各国から注目されており、いち早く身を乗り出してきたのはサンマリノ共和国だ。長谷川夫妻はサンマリノ大使に話を持ちかけられ、現地に向かった。

 

「僕らは超早期でがんを見つけ、亡くなる人を1人でも少なくしたい。そのための活動を、日本だけにとどまらず世界に広めていきたいんです」

 

そう語った克之さんたちは、夢に向かって大きな一歩を踏み出したばかりだ。

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