「新型コロナウイルスはとても賢いウイルス。第1波から第6波まで変異する中で、感染者の年齢層や症状も変わってきました。ウイルス側から言わせれば、“変えてきた”とも言えるかもしれません。この本では第5波までの感染状況と社会の動きを踏まえて、私が臨床医として、クリニックでどのようにコロナ患者の治療にあたってきたかを書いています。ここに書かれている、医療現場の現実から提案した感染症対策は5年後、10年後でも変わらず有効だと考えています」
そう語るのは、栃木県宇都宮市にあるインターパーク倉持呼吸器内科院長の倉持仁医師。「この本」とは倉持先生が昨年10月に著した『倉持仁の「コロナ戦記」』(泉町書房刊)のこと。
クリニックでコロナ患者を治療してきた倉持先生は、いち早く自院でPCR検査センターを立ち上げ、入院病床を作り、重症患者受け入れの病床を建設。感染症対策の原則である、早期診断、隔離、早期治療を行ってきた。医療現場からの危機感あふれる発言は注目を集め、昨年8月にテレビ番組で菅首相と小池知事へ辞任を迫った発言は、ツイッターのトレンドランキングで1位を獲得した。
メディアに登場したり、公述人として国会に呼ばれたりしてさまざまな提言を行ってきた倉持先生だが、政府のこれまでのコロナ対策は、今後の形に残る仕組みやルール作りにつながっていないと語る。
「いろんな問題点がある中で、いちばん大きいのはそもそもコロナを問題だと思っていないのが根幹にあると思います。本当にまずいと思ったら、ちゃんと対策をするはずで、結果的に検査体制や保健所機能、検疫体制、医療アクセス、薬やワクチン開発、隔離など、パンデミックから2年以上たつ今に至っても、ウイルスに対抗する有効な体制づくりができていないんです」
オミクロン株が猛威を振るった第6波。しかし、軽症者が多いということで、感染しても入院の措置が取られることが少なくなった。それが痛ましい出来事につながることも。
「子どもの感染が多かったのがオミクロン株の特徴ですが、なかには生後11カ月の乳児が感染して亡くなったケースもありました。その子は重症化しても入院すらできませんでしたが、従来のデルタ株だったら乳児が罹ったら入院させていました。結局、感染者が増えすぎるなど、そのときの状況で運用を変えてしまうんです。いい方向に変えるならいいのですが、そうではないのでこのような犠牲者がでます」
変異すると薬の効果も変わってくると倉持先生。デルタ株の第5波で治療に効果があった抗体カクテル療法も、オミクロン株には効き目が薄かった。
「オミクロン株の亜種、BA.1には抗体カクテル療法は効かないですし、BA.2はそのあとに出たソトロビマブという薬が効かないんですね。これについては、一緒に研究をやっている東大医科研の佐藤佳先生のチームが、我々の患者さんのデータを使って論文を発表しています。これから新しい薬が開発されるでしょう。しかし、それがすべての変異株に聞くとはかぎりません。これまでもウイルス自体が短期間で非常に大きく変わっていますから」
新型コロナウイルスの実態についてはまだまだ分からないことが多い。
「日本でデルタ株が急激に減っていきましたが、オミクロン株はまったく違う動きになっていますね。最近では秋田や島根など、感染が少なかったところが増えています。北海道や福岡、沖縄でも高止まりしています。一方で首都圏や関西圏では減ってきました。感染の状況が地域や国によってバラバラになっています。これまでにはなかったことです」
日本は第6波ではまん延防止等重点措置がおもな対策だったが、それでいいのだろうか。
「医療現場にいる立場からしても、経済活動を制限する措置が必須だとは思いません。
第6波までの教訓を生かすことが大事でしょう。次々と現れる変異株に後手後手で対応するだけでは、8波、9波、10波と永遠に感染拡大を繰り返すだけでしょう。やはり検査を早急にして、早期治療し、早期に変異株の特性をつかむ医療研究体制をいまからでも作るべきです。治療さえ早くできれば新型コロナウイルス感染症は死なない病気ですから。
乳児が亡くなったときのように、そもそも医療にアクセスできない状況を許容しているというのが問題です。当院ではこの1月2月で2万6千件のPCR検査を行っているのですが、栃木県全体で行っているPCR検査は9万3千件。つまり、やる気になれば、いちクリニックでも県の28%の検査ができるということを知っていただきたい」