■“おなか減った、誰も自分のことなんて気にしてくれない”という人を放っておけない
こうして2015(平成27)年9月13日、未来食堂がオープン。メニューは日替わりの1種類。お客さんは、座ったらすぐ、入店3秒で食事ができる迅速提供。行列がなければ、食事後、お菓子や果物のサービスもある。店内に置かれた書籍や画集は、半月ごとに入れ替え、自由に閲覧できるようになっている。
開店初日は40人、平日も平均50人が訪れた。開店1年で、テレビ9回、ラジオ8回、雑誌8回、インターネットでは26回取り上げられ、広告費ゼロで人気店になっていた。16年12月には、その年最も活躍した女性として、日経ウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
「まもなく7年になりますが、食堂は比較的順調にきています。ランチの回転率は平均4.5回。忙しいときは10回転もありました。まかない制度も順調で、1日に最大7人、年間延べ450人が共に働いてくれています」
まかないを思いついたきっかけは、修業時代にあった。
「お店を開きたいので、無給でいいから3カ月働かせてください」
と、申し入れると、何度も門前払いを食わされた。
「3カ月や1年そこらでは使い物にならない」
と、拒絶する店も多かった。
そこで小林さんはこう思う。
「やる気のある人間が1年働いても使い物にならないなんて、根本的に飲食業界の仕組みがおかしいのでは? 1カ月、いや1日、1時間でも役に立てるはずだと考えて、50分を1つの単位と決めたんです。まかないのいいところは、自分に合わなければ辞めればいい。50分だけ働いて、次から来なくてもいいんです。そんなとりあえずのお試しができるのが、けっこう皆さんに受け入れられている理由のひとつと思います」
もうひとつの思いは人との縁だ。
「一度でもお店に来てくれた人と縁を切りたくないと思いました。『おなか減ったぁ。もう誰も自分のことなんて気にしてくれてないなぁ』という人を放っておけない。追い詰められたとき、最後に未来食堂を思い出してほしいんです」
小林さんは、高3で家出をした時も、歌舞伎町で働いていた時も、人と食事を共にすることで救われた。未来食堂も、誰にとってもそんな場であってほしいと願っているのだ。
■まかないさんにも広がっていく未来食堂の温かさ
取材の日、朝からまかないをしていた田中さんは、4年前に初めてまかないを体験。いまでは週に1度、千葉の自宅から往復3時間かけて通っている。
「彼女は、無駄口はきかないけど、温かい人。私は精神疾患を抱えていて、せかいさんに話したんですが、まったく気にしないふうで、二つ返事で『いいですよ』と。うれしかったですよ。病気のことを言うと、普通は雇ってもらえませんから」
コロナ前は金・土曜の夜は22時までの営業で、「さしいれ」や「あつらえ」が盛んだった。常連さんも新規の人も、一緒に飲みながら会話しているのを聞くだけでも楽しかったという。ちなみに「さしいれ」は持ち込み自由のお酒のこと。半分はみんなにおすそ分けするのがルールだ。
「私は独り者で、家に帰っても無言な毎日ですからね。ただめし券を人にあげたこともありますよ。『3日間、食べていない』という女子大生風のコが来たんです。コロナのせいですかね。いまどきいるんですよね、食べてないコが」
小林さんが目指した未来食堂の意義は、まかないさんたちのなかにも息づいていたーー。