【前編】50分のお手伝いで1食無料の大人気食堂! 食品ロス0で黒字の秘訣から続く
東京・神保町に店を構える「未来食堂」は、コの字型のカウンターに12席だけの小さなお店。メニューは日替わり1食のみで、昼時には行列ができるほどの人気店だ。店主の小林せかいさん(38)は、飲食業界の常識破りのアイデアで「誰もが受け入れられる食堂」をコンセプトに経営している。
50分間、お店の手伝いをすることで無料で1食が食べられる「まかない」。その権利を誰にでも提供できる「ただめし」。IT業界出身の小林さんは、元SEならではの、ロスがなく、コストがかからない方法で食堂経営をしている。きちんと黒字だ。
だが、人間は決して“ロス”でも“社会のコスト”でもない。追い詰められたとき、未来食堂を思い出してほしい。誰にでも温かいご飯が待っているーー。
■ITでキャリアを積み、いきなり食堂を開こうとした小林さん
小林さんの大学卒業後の就職先は、日本IBMだった。そこでシステムエンジニアとしてキャリアを積み、その後、クックパッドに転職。そこで転機がやってきた。
クックパッド社には、業務上、自由に使える社内キッチンがあった。
「あるときそこで女子2人がペスカトーレのパスタを楽しそうに作って、食べているのを目撃して、ふと『わびしいな』と思ったんです。周囲には、昼食の時間さえ取れない人やおにぎりで済ませる人もいたんですね。何がわびしいって、2人だけで、ほかの人が入れる余地を感じなかったんです」
そこで、小林さんは思い立つ。
「私がまかないランチを作ろう」
会議室を借り、就業前に豚汁などを仕込んで食べてもらうと、すぐに社内で評判になった。
「人と人が共に食べるという食の意味を実感し、具体的にお店を開きたいと思うようになりました」
誰もが自分のままでいられる空間であること。人と共にいること。それが食卓であること。料理人の価値観を押しつけるのではなく、その人にとっておいしいものを出すお店はどうだろう。次々に新しい食堂のアイデアが浮かんだ。
約6年、IT企業でキャリアを積んできた彼女が、いきなり食堂を開くなどと言っても、賛同者は皆無。それでも、諦めはしなかった。人の心に敏感で繊細な感性と、猪突猛進の行動力を併せ持つのが小林さんだ。
14年3月、クックパッドを退社し、「未来食堂プロジェクト」を始動する。料理店や大手外食チェーンなどで料理の修業を積んだ。
「店を出したいと告げて、高級志向の料理店でも修業しました。ここではキャベツの千切りで怒鳴られたりもしましたね(笑)」
1年4カ月、計6店での修業のなかで、「まかない」や、冷蔵庫の在庫リストから+400円で好きなおかずを作ってもらえる「あつらえ」など、具体的な取り組み方も決まっていった。蔵書を置きたいからと、古本の街・神保町で物件を探し、練り上げた事業計画書まですべてホームページで公開すると、オープン前からネット上で話題になっていた。
「ITの世界では、自分の知識や情報を公開するオープンソースの考え方が一般的。従来の飲食店の“秘伝のレシピ”などのように、知識を隠して価値を高めるのではなく、知識をシェアすることで業界全体がよくなればと考えました」
開店してからでも、同業者に「野菜の高いご時世に、野菜炒め食べ放題なんて、なんでできるの?」と聞かれると、仕入れ先まで快く紹介。コロナ前までは、売上高や純利益の月次報告もブログで公開していたほどだ。
初期投資は700万円。それを100万円ほどオーバーして落ち込んだときは、夫が励ましてくれた。
「それくらいどうってことない。クヨクヨして、貴重な時間を潰すほうがもったいないよ」
「彼は金融機関勤務で、いまも店のお金回りを見てもらっています。アイデアマンの私と、その実現可能性を支援する夫という組み合わせは、何か始めるにはピッタリでした。夫が店に出ることはありませんが、ずっと良き理解者です」
また、コロナでお客は減ったが、常連の理解ある友人もでき、「食堂の雰囲気が前よりやわらいだ」と言われることが多くなった。