神宮外苑は国内外の人々から大人気だ(写真:時事通信) 画像を見る

「秩父宮は75年続くラグビーの聖地なのに、たくさんの樹木を伐採してまで移設・新設する必要が、どこにあるのでしょうか。これは元ラグビー選手だからというだけでなく、いち市民として看過しがたい。そう思って署名を起ち上げました」

 

そう明かすのは、元ラグビー選手で神戸親和大学教授の平尾剛さん。平尾さんが反対しているのは、“神宮外苑再開発”に伴う、秩父宮ラグビー場の移設・新築だ。

 

3月22日、神宮第二球場の解体工事が始まり、ついに“神宮外苑再開発”が着手されてしまった。“神宮外苑再開発”とは、東京の明治神宮外苑に建つ歴史的建造物、秩父宮ラグビー場や神宮球場を取り壊し、位置を入れ替えて新築する計画のこと。これに伴い、外苑の杜に息づく約1千本の樹木が切られ、市民が無料で憩えるオープンスペースも減らされる。その代わりに建つのが、80〜190mの高層ビルなのだ。

 

神宮球場は、耐震補強されたばかりで、秩父宮ラグビー場もリノベーションすれば十分使用出来る状態だ。平尾剛さんは3月28日、約1万6千筆集まった秩父宮ラグビー場の移設を止めるネット署名を東京都の小池百合子都知事宛に提出した。

 

平尾さんが、「樹齢百年の樹木を伐採してまで建て直す必要はどこにあるのか」と疑問視しているのは、もはやラグビー場とは呼びがたいシロモノになるからだ。

 

移設・新設される「秩父宮ラグビー場」は、“屋根付き”でハイブリッド芝が敷かれ、ラグビーの試合が行われないときはイベントやコンサートなどに利用される予定だという。

 

「観客の利便性と快適性を追求したのかもしれませんが、やはり太陽の下で行うのがラグビーの本質。また、天候をどう味方につけるかということも醍醐味で、数々の名試合は天候と共に語られてきました。また、ハイブリッド芝でラグビーの試合をすると、選手がやけどのような傷を負ってしまうことが報告されています。百歩譲って屋根付きのラグビー場を造るとしても、それが75年の歴史を持つ秩父宮ラグビー場である必要はまったくないと思います」

 

秩父宮ラグビー場は、日本ラグビーの象徴であり“聖地”だからだ。

 

「秩父宮ラグビー場は、先人たちの思いが詰まった場所です。当時は、お風呂がひとつだったんですよ。それは、スタジアムを建てた人たちが、ラグビーに特有の“ノーサイド精神”を体現するために、あえてひとつにしたそうです。試合が終わったあとは、敵味方関係なく一緒に汗を流す、ということです」

 

平尾さん自身も、相手チームの選手からシャンプーを借りた想い出があるという。

 

「歴史ある甲子園球場も、改修して大切に使用され続けています。海外に目を向けても、ロンドンには100年を超えるトゥイッケナムスタジアムが、改修に改修を重ねていまも現存しています。お父さんが子どもに、おじいちゃんが孫に、〈あのときここで、こんな試合があったんだよ〉と語り継ぐわけです。そういう“語りの場”としてのスタジアムも大切にしなきゃいけないと思うんです。ですから、なんとか小池都知事には考えなおしてもらいたい」

 

平尾さんのところには、「がんばってくれ」「おれも同じ思いだ」という元アスリートなどから連絡が入るという。しかし、実際に平尾さんのように声を上げる人は少ない。平尾さんは、「ぜひ現役アスリートにも声を上げてほしい」とこう話す。

 

「私のように現役を引退して大学の研究職に就いているような立場でも、署名を決断するのに3日間悩みました。ですから現役選手が声を上げにくいのはよくわかる。やはり、競技団体やスポンサーの意向を組む必要がありますからね。

 

それは百も承知で言うのですが、それでも勇気を出して、もう少し声を上げてほしい。

 

なぜなら、コロナ禍で開催された東京オリンピック以降、スポーツへの風当たりが非常に強くなっているから。今後、信頼を取り戻して、建て直していかねばならないわけですから、やはりしっかりした意見を持っているアスリートがたくさんいることが、その土台になると思うんです」

 

4月6日、東京都は明治神宮外苑の再開発について都民の共感を得ながら進めるよう事業者に改めて要請したという。翌7日、小池知事は定例会見で「神宮外苑の成り立ちを踏まえた長い歴史の中で必要なこととしてお願いした」と説明した。

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