■当初の見積もりから大幅に増えた費用
実際に、この報告書に基づいてメディアが報じたことで、「一気に世論が“海洋放出やむなし”に傾いた」と牧内さんは言う。
しかし、この34億円という試算は何だったと感じるほどに、海洋放出にかかる費用が膨らんでいるのだ。原子力市民委員会のメンバーでプラント技術者の川井康郎さんは、次のように指摘する。
「処理水の量が当初より増えていることも関係しているでしょう。しかし、それとは別に、当初考えられていた海洋放出のスキームが、あまりにもお粗末すぎたんです」
それは「報告書を見れば一目瞭然だ」と、川井さんは続ける。
「報告書に示されたイメージ図には、海水を引き込むための建屋とポンプが設置されているのみ。費用を安く見積もるために、意図的に簡略化したかのような図でした」
不安は的中した。東電は政府が海洋放出を決定した2021年4月から4カ月後の8月に、“海底トンネル”を掘って1キロメートル沖合の海底に放出するという大がかりな計画を発表。報道によると、設備工事に約350億円。モニタリング費用などを合わせ、2021~2024年度だけで費用は約430億円以上になるという。
「海底トンネルは“風評被害”対策でしょう。港湾内に放出するより、沖に放出するほうが、放射性物質は拡散されやすい。しかし、いくら薄めても、放出するトリチウムの総量(約860兆ベクレル)は変わりません」(川井さん)
政府は〈トリチウム濃度を国の排出基準の40分の1である、1リットルあたり1千500ベクレル未満に薄めて、30年超かけて排出する〉としているが……。
「政府や東電が“処理水”と呼んでタンク保管している貯留量の約66%には、トリチウム以外の放射性物質が基準となるレベルを超えて含まれています。東電は、海洋放出前に再度ALPSでトリチウム以外の放射性物質は除去すると言っていますが、どこまで浄化できるのか疑わしい」(川井さん)
一方で、「政府は、海洋放出の安全性をアピールするために多額の税金をつぎ込んでいる」と前出の牧内さんは指摘する。
「“風評被害”の対策のための基金や漁業関係者への対策のための基金をあわせると、約800億円もの公金が投入されます」
こうした基金とその他の“風評被害”対策費に、海洋トンネル設備にかかる約430億円を足すと1千300億円以上に。当初予算34億円の38倍にも上る計算だ。
「現在も発生し続けている“汚染水”を止めなければ永遠に海洋放出は続きます。費用は青天井です」(川井さん)