《殺処分寸前のトイプードルを警察犬に》鈴木博房さん トラウマと嘲笑に負けなかった“子犬と指導士の12年事件簿”
画像を見る 警察犬指導士の鈴木さんとトイプードルのアンズ(写真提供:岩崎書店)

 

■アンズは3頭の子のお母さんに。親子で出動した事件では、少女が自殺を図るが――

 

「えっ、トイプードルで大丈夫?」

 

警察犬として認められたものの、捜索現場でアンズはなかなか信用されなかった。

 

「もしアンズが事件を解決できなかったとき、責任を問われてしまうかもしれないと、誰も使いたがらなかったのです」

 

そんな空気が変わったのは、自宅近くの空き地で、頭から血を流していた高齢女性の遺体が発見された事件だった。アンズとシェパードのグレンの2頭で現場に駆けつけると……。

 

「グレンは女性が倒れていた空き地から彼女の自宅の庭に入り、茶の間に面したガラス戸の前で座ったのです」

 

警察はグレンの動きを見て、何者かに自宅の茶の間で襲われた女性が、助けを求めるために外に逃げて、空き地で力が尽きたと見立て、殺人事件と断定した。

 

鈴木さんが「勉強のために、もう一度、違う犬でやらせてもいいですか」と、アンズにも捜索させたところ、最初はグレンと同じ動きだったという。

 

「それで満足して帰ろうとしたのですが、なぜかアンズは玄関前で座ったのです。『帰るぞ』と引っ張っても、全く動こうとしない」

 

そこでアンズが座った場所をよく見ると、玄関に血痕が。さらに血痕を追うと、ゴミ捨て場のブロック塀に血で染まった箇所を見つけた。

 

「女性はゴミ捨て場で転んで頭をぶつけて、一度家に戻り、痛みで助けを求めるために居間から庭に出た結果、空き地で力が尽きたということがわかったのです」

 

殺人事件ではなく事故だった! このお手柄をきっかけに、アンズの才能は注目され、出動回数も増えていった。

 

そのいっぽう、アンズには昔のトラウマがまだ残っており、寝ているときに悲鳴を上げたりうなったりすることがあった。

 

「おそらく元の飼い主のトラウマがあり、悪夢を見たのでしょう」

 

すると、かわいそうに思った妻が「子育てに集中すると、つらいトラウマを忘れられるかも」と、鈴木さんに提案。

 

「犬は出産・子育てで心が安定すると言われています。それでアンズが5歳のとき、知り合いの犬とお見合いさせたのです」

 

アンズは3頭の子のお母さんになった。鈴木さんは1頭を人に譲り、男の子のエディーと女の子のエリーを育てることに。2頭とも生まれたときからアンズらの訓練を間近で見ているため、のみ込みも早く、訓練を始めてわずか1年で試験に挑戦。

 

「警察犬の試験は1年に1回の一発勝負なのです。残念ながらエリーは失敗。ですが、翌年に再挑戦して合格できました」

 

そんな子供たちに背中で教えるように、アンズは活躍を続ける。

 

高齢化を背景に、認知症による不明者は急増している。警察庁によれば’24年は全国で約1万8千人に上ったという。そのうち発見時に死亡が確認されたのは491人……。

 

「行方不明者はご遺体となって発見されることも少なくありません。特に水死体は2時間を超えれば損傷が激しくなってしまいます。命は救えなかったとしても、早く見つけてあげたい」

 

もちろん行方不明になるのは高齢者ばかりではなく、小学生や中学生のケースもある。

 

「ある女子中学生の捜索では、アンズは駅までの追跡に成功して、彼女が電車に乗ったことを突き止めました。

 

そこで鉄道会社と連携して千葉県で保護。彼女はSNSで出会った“高校1年生の友人”と東京のテーマパークに行く約束をしていたのですが、実際に現れたのは児童ポルノ関連で逮捕歴がある40代の男性だったのです」

 

子供たちの捜索に、アンズとエリー&エディーの母子2代で参加するケースも増えてきた。ある日、夜の10時を過ぎて鈴木さんがそろそろ寝ようかと思っていたところ、警察から慌ただしい様子で依頼が。シェパードのバロン、そしてエリーが緊急出動した。

 

「小学6年生の女の子が帰宅せず、机には自殺をほのめかすメモあったとのことでした。ご家族が“目立たない捜査”を望まれたため、ベテランのバロンではなくエリーを使いました」

 

だが時間が経過していたこともあり、女の子の臭いの痕跡は薄く、エリーは苦戦するなか、散歩中の紫犬に近づかれてフリーズ。

 

母のアンズが呼び出され、母子で合同捜査することに。真っ暗な山道を鈴木さんが懐中電灯で照らしながら、アンズが歩みを進めるも、またもトラブルが。

 

「懐中電灯の光に反射した猫の目にアンズがおびえてしまったのです。実はアンズは猫が苦手なので、一瞬私も肝を冷やしました」

 

だがエリーがアンズをフォローしてくれた。ウーッとうなって猫を追っ払ってくれたのだ。

 

しばらく捜索を続けると、アンズは誰かを見つけたのか、突如駆け出した。その先には――。

 

「これ以上来ないで。来たら私、死ぬから!」

 

少女を発見できたものの、彼女の手にはカッターナイフが。緊張が走るなか、アンズはトコトコと女の子に近づき、隣にちょこんと座ったのだ。

 

「私と犬たちだけでそちらに行くけど、大丈夫かな」

 

鈴木さんの問いかけに、少女はうなずく。するとエリーもアンズと少女のほうに近づいて行った。

 

「その犬たちはかまないよ。なでてあげてね。一体どうしたの?」
「中学受験に失敗して、どうしたらいいのかわからないの……」

 

少し緊張感が和らいだ。少女と鈴木さんのやり取りが続く。

 

「その白い犬(アンズ)は殺処分されそうだったんだけど、頑張って警察犬になったんだ。茶色の犬(エリー)は去年、警察犬の試験に落ちて“浪人”したけど、今年合格したんだよ。

 

アンズとエリーが飛びつくと危ないから、刃物をしまってくれないかな」

 

鈴木さんの言葉を聞き入れた少女は、「犬、さわってもいい?」と。トイプードル母子のあたたかな体が、少女のかたくなな心をやさしく溶かしてくれたのだ。

 

「シェパードなら怖がったでしょうが、アンズとエリーだったからこそ、少女は心を開いてくれたのだと思います。犬は人間と違って仮面をかぶらないため、気持ちが通じやすいんです。

 

私はずっと理系の世界にいて、そこには1+1=2という絶対的な原則がありました。でも犬の世界はいつも人間の計算どおりにいかないことばかり。何が起こるか予測できないからこそ、強いやりがいを感じるのです」

 

次ページ >孫のファニーも今秋に警察犬試験を控える。目指すは「親・子・孫3代」での出動!

【関連画像】

関連カテゴリー: