2025年に移転したゲンロンの新オフィスにて東浩紀氏。壁一面に本が並べられている(撮影:保坂駱駝) 画像を見る

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以後、我々の目の前で繰り広げられているのは、SNSによって戦争がリアルタイムで消費され、世論が激しく分断される光景だ。

 

スマホ画面越しに戦争を“観戦”する現代社会において、「平和」や「日常」を守るとはどういうことなのか。戦争体験を持たない世代である東浩紀氏が、いかにしてフィクションやメディアを通じた「バーチャルな戦争体験」から問いを深めてきたかをたどった前編(「僕の戦争はバーチャル」哲学者・東浩紀氏が語る「平和ボケ」の自覚から始まる真実)に続き、この後編では、社会を覆うSNSの言説への抗い方を考える。

 

■ウクライナの街で見かけた「ミサイルのぬいぐるみ」

 

2022年2月から先、明らかに戦争はSNSを通じて24時間途切れなく流れてくるコンテンツと化した。スマートフォンを開けば、戦場の映像や悲惨なニュースがタイムラインを埋め尽くす。だが、実際に現地を訪れた東氏が目にしたのは、画面越しに見る「悲惨な戦場」とは異なる、したたかな現実だった。

 

「ウクライナに行くと、本当に驚くような光景に出会います。たとえばリヴィウという、すごく洗練された、同国の文化の中心地といわれる都市に行くと、国内の観光客が集まる土産品店にはミサイルや戦車、あるいはトルコ製の軍用ドローン『バイラクタル』のぬいぐるみが普通に売られているんです。 あれは買ってくればよかったな(笑)。

 

だけど、それを見て『子どもに軍国主義を洗脳している』と解釈するのは、浅はかな見方です。実際に起きているのは真逆で、市民が自発的にそういうものを作って売っている。

 

つまり、戦争という異常事態を日常のなかに溶け込ませないと、とても精神的にやっていけない。悲惨さを乗り越えるための心理的な防衛策なんです。現地には、テレビやパソコンの画面越しには見えない、市民のたくましい営みがありました」

 

かつてベトナム戦争の現場に入った作家・開高健もまた、激しい戦火の傍らで人々がたくましく生きるホーチミンの享楽的な日常を描いた。しかし、現代のSNS空間は、そうした過酷な現実の多面性を削ぎ落とし、単純な正義と悪の図式へと回収してしまう。

 

「いまのSNSやメディアは、政治的に『正しいこと』しか言えなくなっています。ウクライナの日常や市民の複雑な感情をそのまま書こうとすると、『ロシアを擁護しているのか』『ウクライナを貶めているのか』といった政治判断が先行してしまう。社会の多様な側面を描くことが許されず、誰もが政治的な踏み絵を迫られる。SNSは構造的に、人間の思考を単純な政治性へと追い込んでいくシステムなのです」

 

それが政権与党であれ野党であれ、政治家がSNSで声高に叫ぶ「分かりやすい物語」に飛びつくことこそ真の危険。そう東氏は指摘するのだが、私たちの思考は短絡的で大げさなフレーズが飛びかうネット空間に馴らされつつある。

 

次ページ >「平和ボケ」は誇るべき達成である

出典元:

WEB女性自身

【関連画像】

関連カテゴリー: