《白血病で15歳で亡くなった息子の言葉を胸に…》骨髄バンク設立に奔走した母の40年「医療に差別があってはならない」
画像を見る クリーンルームの中で本を読む知くん

 

■必要な情報が足りていないことに気づいた

 

悲しみの間からよい思い出も浮かんでくるようなったころ。

 

「少し心に余裕ができたとき、私にとって、骨髄バンク(知の命)の次に必要なものは何だろうと思いました」

 

病名、治療法、HLAのこと……。慢性骨髄性白血病以外の血液の病気は何があるか、費用のことなど必要な情報が足りていないことに気づいた。そして、同じように感じている人のために、情報を提供する場を作りたいと思った。

 

「骨髄移植は一般治療と事情が異なり、第三者であるドナーがいなければ成り立ちません。

 

金銭も名誉も関係ない善意の非血縁ドナー(家族ドナー以外)たちが骨髄移植を支えています。現在、非血縁骨髄移植は年間約1200例実施され、その数は安定的に推移しています」

 

医療の進歩で、治療法も多岐にわたるようになった。

 

「知のタイプの白血病は2001年からは投薬で治せるようになりました。しかし薬は毎日、基本的に生涯、飲まなくてはならないので、医療費が膨大になります」

 

そこで、橋本さんは2010年に医療費を援助する、つばさ支援基金を立ち上げた。

 

この4月には、血液がん患者の治療環境の向上に向けた要望書『造血細胞療法CAR-T(カーティ)療法の均てん化に協力』を岡山県知事と県議会に提出した。CAR-T療法の先進県である岡山県から、まずは均てん化(地域や条件による格差の解消)の波を広げたいと願ったものだ。

 

「ドナーがいない、都市部に住んでいない、お金がない、適切な治療法の情報が届かなかった、などの理由で希望的な治療に届かない患者さんがあってはならないといつも思っています。医療に差別があってはならない」

 

一時は命を絶つことまで考えた橋本さんを奮い立たせるものは、生きようとして受験票を枕元に置いていた知さんの存在そのものだ。

 

橋本さんにとって、知さんのいちばんの思い出は? と聞くと、

 

「私は今も変わらず知の母親として生きていますから、いちばんとか特別な、は何もありません。もう一度生まれ変わっても、また知の母になりたい。15年間の生活はとても楽しかった。知が私の子供であったことに心から感謝しています」

 

15歳で亡くなった知くんのために、橋本さんは今も医療文化向上の活動を続けている。

 

【PROFILE】

はしもと・あきこ

NPO法人「血液情報広場・つばさ」理事長、日本骨髄バンク理事。1986年に長男が白血病に罹患したことを機に、骨髄バンク設立運動を開始。1994年に前身団体を設立し、現在は血液がん患者や家族に向けた情報提供のセミナー開催、患者への経済支援などの活動に尽力している。

 

画像ページ >【写真あり】医療に差別があってはならない」と医療文化向上のための活動を続ける橋本さん(他5枚)

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