約25年間、所属していた事務所からの独立騒動が明らかになった美川憲一(66)。発端は、所属事務所が美川のギャラや社員の給料の支払いを滞らせたことだった。

一部では、美川の仕事が激減したことによる経営不振が原因とも報じられた。だが14日、ロサンゼルスから帰国し会見を開いた美川は「私も仕事をしてますから。そんなはずはないと思っている。コマーシャルの仕事もしていますし」と否定した。

いっぽう、約25年間、美川を献身的に支えてきた“恩人”所属事務所社長のA氏は、本誌の取材にこう語る。

「仕事は実際、減っていました。紅白出場を2年連続で逃したことも遠因のひとつでしょう。営業(地方でのディナーショーなど)などの仕事は減っており、今年の4月、5月には月1~2本しかないありさま。半年ほど前から金庫は空っぽでした」

A社長と長年の親交があり“お家騒動”の相談にも乗ってきたという芸能レポーターの石川敏男氏は「逆境に立たされた美川さんですが、それでもセレブな暮らしをやめなかった。旅行に行く際はいつもファーストクラスなど、見えを張り続けたと聞いています。『稼ぎもないの豪遊三昧なんて……』というA社長の思いが、さらに2人の溝を深くしたのかもしれません」と話す。

当然、そんな生活を続けるためには相応の収入が必要になる。A氏も本誌の取材にこう疲れの色を見せた。

「よくここまでやってこれた、というのが正直なところです。20年以上もヒット曲がなかったんですよ。私なりに精いっぱいやってきたんです。いまひとつだけ言えることがあります。それは、今後、彼と再び仕事をすることは絶対にないということです」

美川の新しい事務所にも取材を申し込んだが、期限までに回答は得られなかった。約25年間、二人三脚で歩んできた2人の最後はあまりに寂しいものだった――。

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