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「日活は親切な人が多くて、本当にありがたかったですね。周りの優しい人たちのおかげでひもじい思いもしなくてすんだし、役者の先輩方やスタッフの皆さんが下手くそな役者の高橋英樹をなんとか一人前にしなきゃいけないって世話をしてくれていましたから」

 

そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第55回のゲストで、俳優の高橋英樹さん(71)。バラエティ番組では娘・真麻さんとの共演も多く、豪快に笑う朗らかな人物としておなじみ。一方で、時代劇には欠かせない迫力ある役者としても活躍中。老若男女が知っているお茶の間の人気者は、イメージどおりのとても親しみやすい素敵な人でした−−。

 

中山「僕が英樹さんと最初に共演させていただいたのは、’95年の『花嫁は16歳!』(テレビ朝日系)というドラマ。もう20年以上前ですね。先ほど真麻ちゃんとも『ウチくる!?』(フジテレビ系)の収録で会っていたんですよ!」

 

高橋「親子ともどもお世話になっております(笑)」

 

中山「こちらこそです。英樹さんはそもそも、日活ニューフェイス第5期ご出身で、デビュー時は高校生だったとか?」

 

高橋「高校2年生のときに私が『映画俳優になりたい』という作文を書いたんです。私が放課後は図書館に行って勉強しているというのはウソで、映画を見に行っていたと親にバレてしまいました。見事に成績が落ちましたからね〜(笑)。どうにか諦めさせようと思った親父が、たまたまニューフェイス募集の広告を見て、日活に応募したんですよ」

 

中山「一度受けさせて落とさないと、納得しないと思ったんですね」

 

高橋「千葉の田舎のにーちゃんが通るわけないじゃないですか(笑)。それが、トントントーンと受かっちゃったんですね」

 

中山「お父さんの思いとは裏腹に(笑)」

 

高橋「受かった途端に親父は『勘当だ!』なんて言いだしたのですが、私は有頂天。学校や日活と話し合って、毎日撮影所に行くのではなく役のときだけ出演し、残りは学校に通うということで話が決まりました」

 

中山「早々に役が付いたんですよね」

 

高橋「4月に日活に入って、7月末には役が来ました。最初の作品は小林旭さん主演の渡り鳥シリーズ。旭さんの相手役の浅丘ルリ子さんの弟役だったんですね」

 

中山「この対談企画で浅丘さんに話を伺ったのですが、英樹さんは浅丘さんの家に下宿されてたんですって?」

 

高橋「ニューフェイスは給料が7千円、映画1本当たりの手当が5千円という契約だったんです。とにかくお金がなかった。当時、千葉から調布まで定期を買うと、3千300円。いつも小さなボストンバッグの中に必ずコッペパンを入れていて、少しずつかじっていました。最高で5日間もたせましたよ(笑)」

 

中山「カピカピになるんじゃ……」

 

高橋「もうカピカピなんてもんじゃない。カンパン状態(笑)。日活の撮影所にいるときは、昼休みになると、私はいつも撮影所の食堂の前の芝生に立っていました。先輩方に『おぅ、英樹、飯食ったか?一緒に食おうぜ』と声を掛けてもらうのをずっと待っていたんです。そんな私を見かねて、ご実家が撮影所の近くだった浅丘さんが『おなかがすいたら、ウチに来て食べなさい』と言ってくれたんです。その言葉をうのみにして、朝昼晩ずっと食べさせてもらっていました(笑)」

 

中山「ルリ子さんがいないときも?」

 

高橋「もちろん。浅丘さんがいないときのほうが多かったですよ。『お母さーん、すいませーん!ご飯お願いしまーす』って。もう足向けて寝られないですよ。いまだに浅丘“大先生”には頭が上がらないです。この上下関係は揺るぎませんね」

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