《僕はたけしというのは全く認めないんですよね》

 

《以前1本だけ15分くらいのミニドラマをやってるんですけど、それだけですね。僕はあの人を全然認めない。(略)役者としても人間としてもですね》

 

“世界のキタノ”ことビートたけし(71)を6日6日付『日刊ゲンダイ』の連載『ドラマへの遺言でこうぶった斬ったのは、『北の国から』でお馴染みの大御所脚本家・倉本聰氏(83)だ。

 

先月末、第55回ギャラクシー賞贈賞式に車椅子で出席した倉本氏は昨年話題になった昼ドラ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)の続編となる『やすらぎの刻~道』を現在も執筆中だと宣言。80代にして意気軒高な一面を見せつけたのだが、たけしへの怒りは収まらない。

 

《なんであの人があんなに買われるようになったのか。それはもちろん監督として外国でヘンに認められるようになっちゃったからなんだけど、そんなにすごい人物なのかと思う。まあ、個人の趣味だから大きな声では言えない話なんですけどね。僕はハッキリ言って嫌いです》

 

倉本氏にここまで言わせた、2人の因縁の出会いは、いったいどんなものだったのか――。放送批評懇談会理事でテレビコラムニストの桧山珠美氏は言う。

 

「2人の初仕事は、フジの『立体ドラマ5時間 1987年の大晦日』という番組です。倉本さんは『昭和大つごもり―第九―』というミニドラマを書き下ろし、その主演がたけしさんでした。共演の田中邦衛さんも演出の杉田正道さんもチーム『北の国から』で、たけしさんだけがアウェーの状態。下手な演技がたけしさんの持ち味で良さなんですが、倉本さんにはそれが許せなかったのでしょうか」

 

前年の12月、たけしは『フライデー事件』を起こし、レギュラー番組8本をすべて降板している。「何とかテレビに復帰させたい局の思惑が見えていたところも気に入らなかったようです」と語るのは、2人を知るテレビ局関係者。

 

「たけしさんが芸人として大成できたのは瞬発力とアドリブの爆発力。このドラマでも台本より自分の得意な能力を発揮してしまった。倉本先生は、自分が書いたセリフを勝手に直されると激怒することで有名なんですね。特に語尾を変えられるのを嫌っていて。下手するとキャラクターが変わってしまうことがあるからだと。倉本先生にすれば“いいように使われてしまった”と感じたんでしょう」

 

そんな2人が、10年の終戦記念特番『歸國』で再びタッグを組んだ。たけしは制作発表会見で、「倉本先生、鴨下(信一)先生の2大巨頭の下、プレッシャーはありますが、怒られない出来の芝居をしようと思う」と神妙に語っていたのだが……。

 

「最初の台本読みに、たけしさんは参加しなかったんです。主演のいない台本読みなんて異例中の異例。倉本先生も呆れ果てていました」(当時を知るTBS関係者)

 

2人の亀裂は決定的なものになってしまったようだ。倉本氏の怒りをたけしはどう受け止めているのか、所属事務所に聞いてみると、当惑しきり。

 

「その日、台本読みに行けなかったのは、局側からの連絡がなかったのか、たまたまその日だけ仕事が入ってしまったのか……。直接、倉本さんから言われたわけではありませんので、こちらからは何も申しあげられません」

 

2人のカリスマが、三たびタッグを組んだ作品を見てみたい!