異色のグルメドラマとして大人気!個人で輸入雑貨商を営む井之頭五郎が。商用で訪れるいろいろな街で一人立ち寄る店で食事をし、うんちくを垂れるのではなくひたすら食べるドキュメンタリーのようなストーリー。ついに第三弾『孤独のグルメSeason3』がBluray&DVDで販売された人気作の原作漫画『孤独のグルメ』の原作者・久住昌之さんに聞く、その魅力の秘密。

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―『孤独のグルメ』が1994年からの連載ということで。連載開始当時のエピソードがあれば。


久住:そのころ初めて「グルメブーム」と言われ始めたのかな。ミシュランなどが出たり。西原理恵子さんたちがやった『恨ミシュラン』など。ああいうのが嫌だという編集者の人たちが一人で好きなものを食べているようなものをやらないかと。どちらかというと谷口ジローさんのハードボイルドな絵でやりたいという意向が編集者にあって。だけど、少し前に谷口さんって『「坊っちゃん」の時代』で第二回手塚治虫文化賞をとっていたりしたので、絵が静かになっていたんですよね。僕は「谷口さん、やってくれるのかな」というような感じがしたんだよね。巨匠の感じがしたし、ずっと先輩だし。そうしたら「谷口さん、やるみたいですよ」と言われて。けっこうその人たちが強引な人たちで(笑)。


―編集者が。


久住:はい。谷口さんも最初は、「何で僕が書くんだろう」と思っていたって、あとでおっしゃっていましたよ。第三話で「梅むら」の豆かんを食べておいしいという顔を描けたときに、「あ、できるかも」って思ったそうです。まあ、そんなに内容のないようなものだしね。『孤独のグルメ』のドラマもそうだけど、内容がないんですよね。オチのようなものもないし、何が言いたいという主張もないし。「そんなのでいいのかな」と思ったけれど、三話くらいやったら「面白いかもしれないな」と。

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―僕らにとって「グルメマンガ」というのはやっぱり泉昌之(和泉晴紀と久住昌之の2人による漫画家コンビ)の『かっこいいスキヤキ』のあの感じがバイブルという世代なんですよ。


久住:そうなんですか?ボクのデビュー作ですね。すでにそこからひとり食いのマンガ描いてるんだけど……あれ、グルメじゃないじゃん。


―ミシュランのような高級志向にはなじめなくて。


久住:高校生じゃ、ねえ。でも、高校生であれが面白いか面白くないかというのは分かれますよね。


―そうですね。当時は食に対するこだわりがあったのですか。

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久住:食に対するこだわりというか、食べている人の情けなさというかね。給食が来て「今回の酢豚、肉が少なくない?」というくらいレベルの。それってバカだなあと思って。日本橋に、結構サラリーマンが来ていたもう無くなってしまったインドカレーの店があって。そこはインドカレーしかメニューがなくて、入ると注文をしなくてもカレーが出てくるという。そこに編集者の人に連れていってもらったら、隣にいるサラリーマンが一言だけ「今日、肉でけえな」とボソッと言ったんだよね。いや、面白いなあと思うんだよね。食べるときの、人の心の中というか。


―われわれの世代は、あの『かっこいいスキヤキ』があって以降、自問自答しながら飯を食っていると思うんですよ。


久住:自問自答(笑)


―何かを噛みしめながら。男が噛みしめながら食べているというような、食に対するイメージがそこででき上がったかなと。


久住:そうですか。変な影響を与えたなあ。


―和泉晴紀さんとの組み合わせではマンガで食材を細かく描き込むということはしなかったじゃないですか。それが谷口さんとでは一転して、全部が描き込まれる。その差というのは。


久住:いや、和泉さんも食べ物には当初から苦労しているんですよ(笑)。谷口さんに聞いてみたら、「これはたった8ページのマンガで、この男がこの店で食べたそのときの気持ちを描いているマンガだから、この人の気持ちになるには、その人が見たものをちゃんと描かなければだめだ。ちゃんと描かないとこの井之頭五郎の気持ちに読者がなれないでしょう」とおっしゃったんですね。なるほどなあと思って。それは水木しげる先生に会ったときにもおっしゃってて、水木先生も背景をすごく細かく描くのですが、「妖怪なんて見えないんですよ。感じなんですよ」と。


―あの喋り方で。

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久住:「感じをね、さもいるように見せるには、その背景が大事だ。背景をさもいそうに綿密に描いて、読者をだますんですわ」と。それ、すごくわかるなあと思って。だから井之頭五郎の気持ちが「ああ、こうだったんだろうなあ」と思わせるために、背景をちゃんと描くということは大切なんだろうね。だけど泉昌之ではそういう描写より、もっと抽象的でハデなものを描いたりとか。「飯とおかずとのせめぎあいだ、ドドーン!」と急に岸壁に波がぶつかる絵を入れたりね。谷口さんはそういうことをしないで、静かな背景だけで物語っちゃうんですよ。そこがすごい。


―うちは女性誌なので、ミシュランのような高級志向のグルメというのが中心なんですね。でも『孤独のグルメ』は、男性的な、地に足のついたというか、そういうグルメの代表ともいえると思うのですが、逆に今、女性からもすごくウケているじゃないですか。

ある意味、様変わりしたと思うんです。これ、どう思われます?


久住:はっきりと様変わりしていますね。『孤独のグルメ』を描いた’93年頃というのは、牛丼屋に女の人が一人というのはなかったですね。立ち食いそば屋でおばちゃんが一人で食べているのを見て、「おっ」と思ったら、お店の人だった(笑)。今は、女性の一人飯も普通だし、もっと言えば女の人二人で立ち飲み屋に入ったりする。昔は考えられない。やっぱり、選択肢が限りなく広がったというか、高級グルメもB級グルメもどっちも食べたいけど、別に無理して食べなくてもいいと。。


―そうなんですよね、今。

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久住:女の子も「そんなにフランス料理になんか行かなくていい」というふうになっているところもあるんじゃないの。もったいないじゃない。


―特に今の若い方々はケータイ料金に月に1万5000円とか2万円くらい払っていて、それが一つのぜいたくになっている。そのぜいたくが押してしまっているから、次のぜいたくに行かない。


久住:そうだよね。「えー、もったいないじゃん。」って思うんでしょうね。


―それでいいや、それを使いたいという人がほとんどなので。逆にいい時代になったのかなと思ったりしますけどね。


久住:そうですね。

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