■息苦しい皇室での暮らしから抜け出したい。そんなとき眞子さまは小室さんと出会った
「天性のものを失わず、自然に、飾ることなく、ありのままに人生を歩んでほしい」
眞子さんの名前に込められた、ご両親の思いのとおり、秋篠宮家では、お子さまたちへの教育もまた、自然体だった。皇室ジャーナリストは、こう証言する。
「ふだんからの挨拶や感謝などのしつけに加え、秋篠宮さまが何より大切になさったのが、お子さまたちの個性を尊重し、自主性を伸ばすという教育方針です。それが形になって現れたのが、大学進学。過去の皇室の慣例に従う学習院大学ではなく、眞子さんは、皇族として初めてICU(国際基督教大学)へと進学しました。秋篠宮さまとしても、その後の国際的な活躍もお考えになって後押しなさったのだと思います」
やがて海外留学が実現するのが、大学3年の秋。イギリス・エディンバラ大学にて、9カ月にわたり、日本では味わえなかった解放感のなか、眞子さんはさまざまな初めての体験をする。
学生寮での生活、スーパーでの買い物、親友との旅行……。本誌が当時入手した留学体験レポートには、こんな記述も。 《生まれて初めて単位を落とすという経験もした》 《肩の力を抜きつつも、色んな人に話しかけるのが大切なのだということが心からわかる経験だったと思う》
皇室担当記者は語る。
「この短期留学で、眞子さんは、初めて真の自由を実感したのではないでしょうか」
在学中には成年となり、その記者会見で、眞子さんは結婚についてこう語っていた。
「両親、特に父は、私の年のころには結婚を考えていたようですけれども、私はまだあまり結婚については考えたことはありません」
これに対し、父親の秋篠宮さまは、2年後の誕生日会見で、眞子さん、佳子さまの結婚についての質問に、こうお答えになっていた。
「娘ですので、近くにいてくれたらいいとは思いますけれども……」
ICU卒業後には積極的に外国訪問を行うなど、眞子さんは皇族としての務めを果たしていく。
「もともと“パパっ子”の眞子さんは、秋篠宮さまの教えに従い行動しながらも、同時に“自由に生きたい”との思いを強くしていったのでは。公務は真面目に、プライベートは自由にというのは、秋篠宮さま譲りの生活スタンスです。ときには、より活動的な性格の佳子さまと、お忍びでの買い物にも出かけたとも聞いています。息苦しい皇室での暮らしから早く抜け出したい、との思いを抱えていたのでしょう。そんなとき小室さんとの出会いがありました」(前出・皇室担当記者)
ICUの同級生である小室さんからのプロポーズは、英国留学から帰国してわずか半年弱でのこと、共に22歳の若さだった。
17年9月の婚約内定会見。眞子さんの発言は実に明快だった。
「私の心は決まっておりましたので、プロポーズはその場でお受けしました」