先代が中国人のコックさんから教わったという「江ぐち」のラーメン。正油味ひとすじ、味も作り方も変えずにやってきた。 「これがやれ塩味だ、ギョーザだってやってたら、お客さん待たしちゃって、今ほどは繁盛してなかったかもしれないね」 早い、安い、うまいが「江ぐち」の変わらぬ人気の理由。そう、テキパキとすばやく作られるラーメンではあるが、その仕込みは丁寧におこなわれている。他ではまずお目にかかれないコシの強い麺は、何度も生地を重ねてローラーをかけて打っている。スープは豚、鶏、煮干はもちろん、他では見られない丸ごと一玉のキャベツをはじめ、玉ネギや人参もたっぷり使い、野菜の風味を活かしたやさしい味に。 「企業秘密? そんなものはないですよ。普通に作ってるだけ。正油ダレだって、お湯わかして、正油と塩、放り込んで、トロトロ煮るだけで…」 気負いやカッコつけたところが全くない井上さん。たまにラーメンに、他のお客さんの頼んだワンタンがまぎれこんでくることもあるが、それも愛嬌。「写真撮るの? じゃあ大きいチャーシュー探さなきゃ!」 冗談めかして言う“オバちゃん”は働いて10年。井上さんの“古い友人”だそうだ。カウンターの片隅で気難しい顔で新聞を広げていた常連さんがすかさず口を開く。 「メークもしてもらいなよ」 意外にいい人。店じゅうに和やかな空気が広がっていく。「何の雑誌?」「いつ載るの?」他のお客さんも普通に話しかけてくる。今までいろんな老舗を取材してきたが、ここまで自然にフレンドリーなお店ははじめてかもしれない。