50年以上続く味を、自己流で作ってしまった先代。負けず劣らずの、味の職人である正和さん。別々のお店でやっていた時も、一緒にやり始めてからも、味についての議論は尽きなかった。

 「相模原でやってた時、『お前、ちょっと味みてみろ。最近うまくねえのかな?』ってやって来た時があって。『スープのアク、取った方がいいのかな?』って聞くから、『いや取らない方がいいよ。渋味が出ちゃいけないけど、アクの旨味があるんだから』って。注ぎ足して、注ぎ足して、釜にアクが焼き付いて、スープにコクが出てくるんですよね」

 逆のケースもあった。一緒に働き始めて数年。使い込んだ釜が割れて、新しい釜で一から味を作り直さなければならなくなった時。
 「やっぱり同じ味は出ないんだよね。普段使わない材料を入れて、調整もしてみたけれど。そしたらおじいさんが味のラードを作ってくれて、『コレ釜に塗って、ガスバーナーで焼き付けたらいいんじゃないか?』って(笑)。でもやっぱり、なんだかんだで1年、いや3年はかかりますね。釜ができるまでは。

 スッポン鍋と同じですよ。100年使ったスッポン鍋は、昆布入れただけでスッポンの出汁が出るっていいますからね」

 先代とお店をやり始めた平成元年。その後のバブル崩壊と同じく閉店した八王子の西武百貨店は、最後の盛況で、八王子の景気も頂点だったという。「竹の家」でも1日に1200食が出ていった。

 「おじいさんと、昔いた番頭さんと3人で。おじいさんがそばゆでて、俺が出して、番頭さんがスープで、1日中それだけ(笑)。もうね、工場で働いてるようでしたよ。オートボイルの機械がなければ無理でしたね。この機械は、いっときあちこちで見ましたよ。俺が17~18の時にはもう店にあったから、もう40年は使っているのかな?」

 ゆっくりと回り続けるオートボイルの機械を「いいヤツですよ」という正和さん。「文句言わないで、黙って働いてくれるんだよね(笑)」 

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