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「そもそも、私は料理のプロではないですし、夫の好きだったものをもう一度、味わわせてあげたい、その一心で作っていたので……こんなふうに雑誌に取り上げられると正直、気恥ずかしいです」

 

スープを煮込みながら、福丸未央さん(49)はこう言って照れくさそうにほほ笑んだ。視線の先には、昨年末に他界した夫・裕明さん(享年56)の遺影が飾られていた。

 

福岡県朝倉市の、それぞれ別の農産物直売所で働いていた未央さんと裕明さん。職場は違ったが「農と食」で地域づくりに取り組む“同志”。そんな2人が結婚したのは’11年6月だった。

 

しかし、悪夢は突如襲ってきた。わずか2カ月後の8月。裕明さんに口腔がんが見つかる。放射線と抗がん剤の治療を受け、翌年の春には退院できるまでに回復し、職場に復帰。だが、同じ年の夏にがんが再発。18時間に及ぶ手術で、左顎と舌の一部切除を余儀なくされた。裕明さんは、上手に話すことができなくなった。

 

そして、’15年2月にがんが再々発。リンパ節にも転移していた。医師からは「もう寛解は望めない」と説明された。裕明さんは延命治療を望まず、ふだんどおりの生活を選んだ。秋。腫瘍が口からはみ出るほどの大きさになり、食事も呼吸も困難になった。気管切開と胃ろうの手術を受け、緩和ケアも始めた。

 

ある日、未央さんが作った、かぶのスープの香りに裕明さんは顔をほころばせた。自分の手で腫瘍のわずかな隙間を探し、吸い飲みの先端を差し込んで、ゆっくりと流し込むと、満面の笑みを浮かべた。

 

「夫はかぶが大好物。いつも家で作っていたとおり、サッとだしをとり、かぶを刻んで入れて煮込んで、その上澄みだけを飲んでもらった。かぶの味がよほどおいしくうれしかったみたいで『一滴もこぼさなかったろう』って(筆談用の)ノートに書いていました」(未央さん・以下同)

 

差し向かいで同じものを食べる、当たり前の夫婦の時間が消え失せて久しかった。でも、スープなら、元気だったときと同じように、夫と2人で同じものが味わえる−−この日から未央さんは、スープ作りが日課になった。

 

そんな、裕明さんが好きだったスープのレシピを紹介。

 

■玄米スープ

 

【材料(1回分)】玄米ぽん(玄米をぽん菓子機ではじいたもの。通販で入手可能)…1/2カップ。梅干し(種ごと)…1個。水…5カップ。こんぶ…1/2枚。

【作り方】1.材料を鍋に入れ30分煮込む。2.こして、汁をスープとして飲む。3.煮出した玄米、梅干しは介護者の食事として食べる(おじやのような感じ)。※分量、作り方は料理研究家の辰巳芳子さんのレシピを参照しました。

 

■小松菜スープ

 

【材料(2人分)】小松菜…150g。鶏がらスープのもと…小さじ1。水…300ml。塩麹…少々。

【作り方】1.小松菜をざく切りにして、水、スープのもと、塩麹を入れて煮込む(小松菜が軟らかくなる感じ)。2.少しさまして、ミキサーにかける。3.飲むときに、再び鍋に入れ温める。

 

■かぶのスープ

 

【材料(2人分)】だし汁(かつお、こんぶ、いりこでだしをとる)…300ml。かぶ…1個。

【作り方】1.かぶの皮をむき、4つ切りにしてだしで煮込む。かぶが軟らかくなったら火をとめる。2.だしにかぶの味がしみ込んでいるため、だしをスープとして飲用。

 

12月13日の朝。裕明さんは5回、大きく深呼吸をして息を引き取った。苦しむこともない、安らかで穏やかな最期だった。

 

「食いしん坊でグルメな彼らしいな、と思ったんですけど……深呼吸のあとおなかがグーッて鳴ったんですよ」

 

この夏。未央さんは仲間たちの協力を得て、スープを商品化した。題して、「いとしのスープ」。

 

「私と夫と同じような、患者さんと介護をされているご家族の方に届けたいです。夫婦で、家族で一緒に食事を取る、そんな当たり前の喜びをもう一度味わってもらうためのスープです」

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