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「いわゆる“酒好き”なのか、アルコール依存症なのかという判断は非常に難しいです。一度に大量のお酒を飲めば依存症、というわけではない。いちばんのポイントは、自分でコントロールできないほど飲酒が習慣化してしまっているということです」

 

そう語るのは、アルコール依存症患者などの診察を行っている新宿東口ハートクリニックの中田貴裕院長。中田院長のもとには、「自分は依存症かもしれない」と相談に来る人たちが後を絶たないという。

 

「酔って暴力を振るってしまった、自暴自棄になって飲んでしまう……そのような相談に来る人たちも、『アルコール依存症』と決めつけることはできません。多くの場合、自覚症状はほとんどなく、家族や親しい友人などが見抜いてあげる必要があるのです」(中田院長)

 

もし夫や子どもが、アルコール依存症になってしまったら……。何か有効な対処法はあるのだろうか。精神科医の香山リカさんは、次のように話す。

 

「依存症の人が自分で飲酒量を減らす、というのはとても難しいこと。最近では、飲みたいという欲求そのものを抑える薬が出ていますが、これは本人が自分の意思で飲まなければ意味がありません。つまり、“断酒教育”が必要です。しかし、ひとりでやめられないという人は、断酒の意志を確立するため、断酒会への参加が有効といえるでしょう」(香山さん)

 

本誌は、32年間にわたり断酒会に所属している元患者に話を聞くことができた――。

 

「アルコール依存症になったことで、夫とは離婚し、親からの信用をなくしました。母親らしさも女らしさも、そして人間らしさも……」

 

こう語るのは、千葉県断酒連合会に所属し、女性だけの断酒会『アメシストの会』にも参加する宮田由美子さん(68)だ。「アルコール依存症は、誰にでもなる可能性がある」と彼女は言う。

 

「私自身、生い立ちが特別なわけではありません。ごく普通の家庭で、ごく普通の青春時代を送りました」

 

社会人になり飲む機会が増えたが、最初は「いい飲みっぷり」とおもしろがられた。

 

「母からは『外で飲むのはみっともないから家で飲みなさい』と言われるようになり、毎日缶ビールを買って、晩酌するようになったんです」

 

会社では酒で失敗するようなことはなかったが、専業主婦になってからは、家にいる時間と比例してさらに酒量が増えていった。ついには妊娠しても、酒をやめられず、1日の半分以上の時間は酔っている状態が続き、冷静な判断などできなくなっていった。

 

「お酒のニオイをさせたまま、目をうつろにして、酒を買いに行っていましたが、そんな姿を人に見られても、抵抗がまったくなかったんです」

 

子どもの遠足に、氷とウイスキーを入れた水筒を持っていったことも。

 

「自分のウエディングドレスを持って、近所に『これから私の結婚式なの』と言い回ったこともあったようです。だんだんと、そんな異常な行動が増えていきました」

 

両親や夫は、専門施設に宮田さんを入院させた。当時はまだアルコール依存症の治療プログラムが確立されておらず、単に部屋に閉じ込められ、酒を飲まない毎日を3カ月ほど送るだけだったという。

 

「体調はよくなりましたが、頭の中で飲みたい気持ちが残っていました。退院して1~2週間は飲まずに我慢できても、家には小さな子どもしかいない。飲酒を止めてくれるものがまたなくなった……」

 

3度目の入退院の後、夫とは離婚。宮田さんは生活保護を受けながらギリギリの生活をしていたが、それでも酒代が減ることはなかった。

 

「家事なんてできる状態ではなかったし、子どもも“飢えなければいい”くらいにしか考えませんでした。天井からお金が降ってくる幻覚が見えて、ありえないはずのお札を握りしめてお酒を買いにいこうと家族を振り切ったことを覚えています」

 

駆けつけた救急隊員に対しても、宮田さんは暴れた。「俺たちの税金で、酒を買っているひどい女だ」と話す幻聴まで聞こえたという。

 

「入院は5回目。振り返ると、大事なものは、みんななくし、残っているのは自分の命と、子どもたちだけでした。こんなことを繰り返していたら、もう子どもたちも失ってしまう――。そう思って断酒会への入会を決意しました」

 

それまで酒に酔っていたときの自分に向き合えずにいたが、宮田さんは断酒会に出席するようになり、他人の体験談を通して、どれだけ大切な人たちを傷つけてきたのかを思い知らされた。

 

「入会していちばんよかったのは、体験を語ることで、気が楽になったこと。隠れてお酒を飲んでいたときのように、人に嘘をつかなくてもよくなった。じつはその後ろめたさに苦しんでいたんでしょう」

 

ちょっとでも嫌なことがあれば“いまお酒が飲めたら”という思いが一瞬頭をよぎる。だが、宮田さんはこの32年間、一滴の酒も口にしていないという。子どもを思う母の心が、彼女を酒から遠ざけている。

 

前出の香山さんは、「女性のアルコール依存症患者も増えている」と語る。

 

「人間関係の割り切れないストレス、嫁姑、ご近所付き合い……女性にはそういう割り切れないものがついてまわる。自分に責任を感じて、内にストレスをためがちな人は依存症に陥りやすいですから、注意が必要です」