ナイチンゲール 兵士を劇的に変えた「アメとムチ」の教育術

クリミア戦争で傷ついた兵士たちの献身的な看護にあたった「白衣の天使」ナイチンゲール。1854年11月5日、トルコのバーロック病院に看護団とともに到着したとき、彼女は34歳だった。

当時の看護師は「無知で不潔で、身持ちが悪く、下品で、しらふで勤務する者はほとんどいない」というのが一般的なイメージだった。しかし富裕な地主階級に生まれながら看護師になったナイチンゲールは、病院内の不適切な看護師たちは帰郷させ、午後8時以降、彼女以外は病棟に女性が入ることを禁止した。

兵士である患者の教育も厳しく徹底的に行なった。役人たちは「動物を甘やかせてはダメにするだけだ」と猛反対したが、読書室と娯楽室を作り戦争で荒んだ兵士の心を癒していった。同時に健康や生活設計についての講習や講義もした。そんなときナイチンゲールは「従わざるを得ない威厳のある響きで」看護師や兵士に語りかけたという。

教育は「叱る」だけではなくときに「優しさ」も必要、アメとムチの使い分けこそが大事だと彼女は教えてくれる。

精神的にも肉体的にも「人間らしさを取り戻した」兵士たちは酒量が減り始め、給料を貯金して本国へ送金するようにもなった。衛生状態も改善し、死亡率は半減した。

〈私の全能力を発揮できる仕事が私には必要だと、いつも思っていた。それは看護と教育〉

30代後半で病の床についてからの53年間も、精力的に手紙を書き、改革を進めていったのだ。

 

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