「今年は5年に一度の年金制度改革が行われます。就労促進を意図した改正案を中心に、国会での議論を経て、年金制度改正法が公布される見通しです」(政治部記者)
夫の扶養の範囲でパートやアルバイトで収入を得ていた妻たちの働き方や将来受け取る年金が大きく変わることになりそうだ。所得税がかかる「年収103万円の壁」と厚生年金の保険料支払いが生じる「年収106万円の壁」の“2つの壁”がなくなる方向で議論が進んでいるためだ。
「’26年10月にも撤廃する方向で議論が進められている106万円の壁は、会社員の夫を持つ妻がパートなどで従業員51人以上の企業で週20時間以上働き、年収106万円を超えると、厚生年金への加入が義務付けられるというもの。このうち年収と企業規模の要件を取り払い、週20時間以上働くことで『第3号被保険者』から『第2号被保険者』に加入しやすくなるよう制度を変更し、将来受け取る年金をできるだけ増やしてもらおうという狙いがあります」
そう指摘するのは“年金博士”こと、社会保険労務士の北村庄吾さんだ。
「昨年夏、5年に一度の“年金の健康診断”ともいわれる『財政検証』が公表されました。その中身は、『元気なうちはできるだけ働いて、なるべく自分で老後資金を作るように』という国からのメッセージが込められていたといえます」(北村さん、以下同)
少子高齢化が加速するなか、年金の最大の問題は財源だ。需要と供給のバランスを保とうと、国はあの手この手で策を講じている。その一つが、’04年の小泉政権時に導入された「マクロ経済スライド」。賃金や物価が上昇すれば、それに合わせて年金受給額も増やさなければならないところ、「マクロ経済スライド」が発動されると、年金給付額の伸びは賃金や物価の上昇よりも抑制される。
「昨今、急激な物価や光熱費の上昇で家計が逼迫しているという人も多いでしょうが、収入が減って支出が増えることになり、年金生活者にとっては死活問題です。
厚生年金は高齢者や女性の労働参加が増えたことで以前に比べ財政が安定して、’26年度にマクロ経済スライドは終了する見通しですが、財政が悪化している国民年金については、’57年度まで続くことになりそうです」
’57年度には、国民年金の給付水準が今より3割低下するという試算もある。
「厚生年金の受給額を抑制する期間を延ばし、その分国民年金に財源を回す案など、さまざまな議論が出ていますが、少子化の問題が解消されない限り、年金の受給額が少なくなることは不可避です。そこで、社会保険料を増やすために“壁”をなくして、一人でも多くの人に厚生年金に加入してもらい、65歳以降も元気なうちは働いて年金を増やしながら、受給を遅らせてもらおう、という狙いが政府にはあるのです」
106万円の壁がなくなることで、新たに200万人が厚生年金の加入対象になると試算されている。専業主婦で40年、夫の扶養で「第3号被保険者」に加入していた場合、65歳から受け取れる年金は満額で年間78万900円。
一方で、厚生年金の受給に必要な最低加入期間は、国民年金を10年以上、厚生年金保険料は1カ月以上支払う必要がある。
厚生年金に加入すると、年金の受給額はどれだけ増えるのか。厚生労働省の「社会保険適用拡大特設サイト」によると、年収150万円の55歳の主婦が10年間厚生年金に加入すると、65歳からの受給額は年間7万5千600円(月額6千300円)増える。15年間の場合は年間11万4千円(月額9千500円)増となる。
70歳まで働き、同時に年金支給額がプラスになる受給開始の繰り下げを選択すると、受け取れる年金は年間で14万5千152円プラスに。90歳まで受給すると、年金は290万3千40円手厚くなる。
また、政府は配偶者控除に関わる「150万円の壁」を160万円まで引き上げることも視野に入れており、この改正も“働き控え”の解消につながりそうだ。
「夫に先立たれて、おひとりさまになったという妻も意外と多く、『持ち家はあるものの、思いのほか遺族年金が少なくてこれだけでは生活できない』と、何十年ぶりにパートに出たという話も聞きます。妻自身も自分で年金を備えないと、おひとりさまになってから路頭に迷うことになりかねません」
夫のほうも「65歳で定年退職をして、自宅でのんびり過ごす」というのは昔の話。60歳以上の人で、稼げる人はめいっぱい収入を増やせるように、「在職老齢年金」の制度も改正の対象となっている。
「60代以降も働きながら、厚生年金が受け取れる『在職老齢年金』という制度があるものの、賃金と厚生年金を合わせて50万円を超えた額については超過分の半分が厚生年金から引かれることになっているので、これも“働き控え”のもとになっていました。在職老齢年金制度が撤廃されることで、一定の収入がある人も働きやすくなります」
それほど収入はないという人にも、年金を増やすチャンスはある。会社員の「個人型確定拠出年金」(iDeCo、イデコ)の掛け金の上限が引き上げられる。イデコは公的年金に上乗せして積み立てる私的年金の一つで、金融商品で運用をすると、その運用益が非課税になる。
掛け金の上限は、現行の会社員は企業年金と合わせて月に5万5千円のところ、6万2千円まで拡大する。勤め先に企業年金がない場合でも、イデコの上限を月2万3千円から6万2千円に引き上げられることになる。
「イデコは掛け金の全額が所得控除にできるほか、運用益は非課税、受け取るときも退職所得控除が使えるなどのメリットがあります。ほかに、厚生労働省は加入対象年齢を現在の上限65歳未満から70歳未満まで引き上げる方向で話が進んでいます」
先行き不安定な要素が多い現代。今年の年金改正を経て、積極的に老後資金を増やすことが、ますます不可欠な姿勢になりそうだ。