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香ばしく焼き上がったパンを紹介する鈴木悠大店長(左端)と従業員=名護市宇茂佐の「Pain de kaito」(写真・琉球新報社)

 

戦前まで沖縄にあった“麦文化”は、戦争を境に衰退していった。だが昨年7月、県麦生産組合が立ち上がった。組合員は約20店舗で、その広がりは現在進行形だ。農薬や化学肥料を使わずに育てられるが、県産麦は輸入品より割高になる。しかし、収穫してすぐ製粉され、その当日か、遅くても翌日までには契約店舗に届く。その魅力はなんと言っても香りだ。味にこだわりを持つ県内各地の飲食店が、県産麦の魅力を発信している。

 

◇麺に宿るもちもち感

 

読谷村喜名と恩納村名嘉真にある火乃鳥本舗のそば店「金月そば」では、化学調味料を使わず、カツオだしが特徴の「汁そば」が人気だ。店の一番のこだわりは県産の麦からできた全粒粉を使用した生麺。薄茶色に仕上がった麺からは、麦本来の色が感じられる。見た目にも優しい。

 

生麺は、一般的に沖縄そばの麺で使われる「ゆで麺」に比べて、ゆでる時間が6分と長いが、もちもちとした食感と新鮮な麦の風味では、ゆで麺を上回る。

 

火乃鳥本舗の金城太生郎代表は(40)は「麺にクローズアップしたそばを作りたかった」と話す。目指すのは、小さい子どもにも安心して食べさせられるそば店だ。化学調味料を使わず、だしやみそは手作りにこだわった。「県産の小麦を使って麺を作ると、その過程で香りが立つ。他の小麦と違う」とその魅力を語る。「食べ物は命に変わる。ちゃんとした物をお客さまに提供したい」。料理への飽くなき追求は県産小麦へたどり着いた。

 

◇県内各地に顧客

 

恩納村安富祖にあるシフォンケーキと発酵スコーンの店「simusimu(シムシム)」。営んでいるのは眞境名こずえさん(45)と健一さん(38)。全ての商品に県産小麦を使っている。店先には小さい看板しかない。こずえさんは「大きい看板を立てないのは、県産小麦が希少であることと、夫婦2人でやっているので、大量生産することができないから」と笑う。

 

店にはシフォンケーキ6~15種類、発酵スコーンおよそ15種類が並ぶ。その中で人気が高いのはどちらも「プレーン」だ。こずえさんは「プレーンは小麦や卵の味が一番分かるので多く売れる」と紹介する。

 

しっとりとした舌触りに素材の味が楽しめるシフォンケーキ。全粒粉を使うことで心地よい香ばしさが特徴の発酵スコーン。客の大半はリピーターで、県内各地からファンが訪れる。

 

◇水加減がポイント

 

県内はもちろん、県外からその味を求めるリピーターがいるのは、名護市宇茂佐のパン店「Pain de kaito」。くるみパンなどの硬めのパンに10%程度の県産小麦の全粒粉を混ぜて作っている。鈴木悠大店長は「県産小麦は毎回、吸水率が異なる。加水の時は繊細な加減が必要なため、扱いにくい部分もある」と説明。その上で「県産小麦を使うと、仕上がりの香ばしさが全然違う」と評価する。

 

月に3、4回、店を訪れる玉城さゆりさん(28)は「他のパン店のパンに比べて香りがいいので、いつもここを利用している」と話していた。

 

文・友寄開
写真・花城太

 

(沖縄の麦文化再び)
溝江冨久雄さん 県麦生産組合事務局長

 

県麦生産組合が推奨している県産小麦は薄力粉の「江島神力」と中力粉の「あやひかり」、強力粉の「ゆめひかり」の3種類。この中で江島神力は沖縄在来のものだ。

 

戦前は沖縄にも自家消費用に県内全域で江島神力が育てられており、小麦文化が脈々と受け継がれてきた。しかし、戦後になるとその状況は変わった。畑で単価の安い麦よりもサトウキビや芋、野菜などの「換金作物」を優先的に育てるようになった。米国で作りすぎた小麦が「食糧支援」という形で沖縄に大量に入ってきたことも相まって、沖縄の麦文化は衰退していった。

 

そんな中、伊江島では自家消費のために江島神力を育てる文化が今も残っている。

 

通常、収穫した小麦は半年から9カ月の間、保管して品質を安定させる。しかし、組合が提供する小麦は収穫してからすぐ製粉して、店に供給する。状態によって水の吸収率が異なる「扱いにくい小麦」だが、他の小麦に比べて香りや風味が良く、腕のある職人だとその魅力を引き出すことができる。

 

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