インタビューに答えるJTB人事部執行役員の髙﨑邦子さん=2018年9月、那覇市

 

髙﨑邦子JTB執行役員インタビュー

 

大手旅行会社、JTBの執行役員に女性で初めて就任した髙﨑邦子さん。「男性中心の企業文化のままでは会社は生き残れない」との危機感から現在、「働き方改革・ダイバーシティ推進担当」として女性の活躍推進の旗振り役を務めている。

 

「営業担当の女性社員は1人だけ」という支店も珍しくなかった職場環境の中、女性社員を孤立させない仕組み作りに力を注いできた。多くの企業で「女性活躍推進」がキーワードとなる中、沖縄に来県した髙﨑さんに話を聞いた。

 

◇聞き手・島洋子(琉球新報社編集局経済部長)

 

髙﨑邦子(たかさき・くにこ) (株)JTB執行役員人事部働き方改革・ダイバーシティ推進担当。1986年株式会社日本交通公社入社。教育旅行や法人旅行などあらゆる旅行業務を担当し、国内だけでなく世界各国の出張添乗業務に携わる。JTBオーストラリア オセアニア支配人室勤務、JTB西日本広報室長、CSR推進部長、教育旅行神戸支店長などを経て、2018年4月より現職。兵庫県芦屋市出身。関西学院大学法学部卒。

 

「つながる」ことで生まれる変化

 

―JTBの女性初の役員に就任されました。どのような活動をしていますか。

 

JTBは2018年4月にグループ全社の経営体制を再編・統合し、現在、カルチャー改革に取り組んでいます。今のままの企業カルチャーではJTBが成長し続けるのは難しいという問題意識の下、1,働き方改革 2,ダイバーシティ改革 3,評価マネジメント改革 4,キャリア改革 5,コミュニケーション改革―という5つの改革を進めています。

 

ダイバーシティの一つとして、特に女性の支援に取り組んでいます。JTBの営業は男性が多く、女性はまだまだ少数派。1つの支店に女性の営業担当は1人しかいないという状況も珍しくなかった。そういう環境だから、女性社員が悩みを抱えても、近くに相談できる女性の先輩がおらずに問題が積み重なって退職してしまうという、非常にもったいないケースがこれまでありました。

 

ずっとこの問題が気になっていたので、JTB西日本の教育旅行神戸支店長を務めていた2016年当時、改善に取り組みました。女性たちの横のつながりを作り、その結果、離職率も少し下がりました。この事例を西日本だけでなく全国に広げようと、今では全国9カ所で女性社員を集めて「なでしこフォーラム」を開いています。営業経験4年目までを参加対象としていて、その数は全国で約400人に上ります。

 

社の人事制度は充実していても、その制度を社員は意外と知らないんです。さまざまな制度を知りながら、横のつながりをもってもらいたい。経営統合して一つのJTBになったので、全国の女性がつながることを今年のテーマにしています。

 

仕事&出産、育児、介護…「長い目」で考えて

 

―女性社員の離職率は、入社4年目までに比べて、5年目以降は「1・37倍」に増えるそうですね。仕事に慣れた頃に辞めるのはなぜでしょうか。

 

要因はいろいろあると思います。新しいことにチャレンジしたい、自分が最初に思い描いた仕事と違う、体力的にしんどくなってきたなど。結婚や出産などライフステージの変化もありますね。

 

―旅行業界の女性社員は結婚、出産によって仕事を続けにくくなるのでしょうか。

 

そう思っている女性社員も少なくないと思います。でも私はそれを払拭したい。例えばJTBには結婚式休暇、慣らし保育休暇があり、育児休職も時短勤務も小学校3年生まで取得できるなど法定より手厚いんです。

 

でも社員が制度を知らず、悩みを周りに話すこともなく、不満やつらさを溜めこんである日爆発して、「もう辞める!」となってしまうんです。

 

―それはもったいない。

 

社としては、経験を積んだ女性は長く働いてほしい。私自身もそうでしたが、働き方については長期スパンで考えてほしい。女性は真面目なので、育児中は会社から期待される業務の80%しかできなくて申し訳ないと思う訳です。だったら残りは先の将来返せばいいじゃない。出産の前に120%頑張っていたら、割り引いてもいいと思います。子育てだってとても大切な仕事ですから。

 

その代わり「長い目で見て頑張ろうね」と伝えています。子どもが熱を出したり、子育てに伴う諸事情で休んだりすることは、ある意味お互い様です。長期スパンで考えてワークライフバランスを設計したらどうかな、って思います。

 

結婚、出産、添乗した中学生の言葉が原点に

 

―髙﨑さんご自身はどういうキャリアを歩まれていますか。

 

営業本部勤務の時に結婚しました。今、中学2年の娘と夫は兵庫県に住んでいます。私は、執行役員就任に伴って東京へ異動となり、平日は東京で単身赴任をしています。

 

入社は1986年、男女雇用機会均等法1期生です。最初は団体旅行大阪支店修学旅行センターで、公立中学担当の営業でした。5~6月は家にいるより修学旅行の添乗で宮島や秋吉台に泊まっていることが多い、そんな日々でした。

 

―仕事の面白さを感じたのは。

 

私の原点だと思うのは、ある学校の修学旅行の添乗です。その学校は家庭の事情が苦しくて自宅で生活できない生徒さんもいて、いわゆる「荒れている」と言われている学校でした。斜に構えたお子さんもいました。

 

私は修学旅行でしかできない経験をさせたいと、テーブルマナー講座を企画したんです。先生方からは「この子たちには難しい」と言われたのですが、ホテルの個室を借りて、ナイフ、フォークをそろえました。生徒さんは皆、真新しい体操服と靴で来て、ホテルレストランの責任者の説明を聞いて食事を食べていました。あの、緊張しつつも誇らしげな子どもたちの顔は今も忘れられません。

 

マナー講座が終わって、ある生徒さんが話しかけてきたんです。「僕、来年から工場に住み込みで働くんです。この先、楽しいことはないと思っていたけど、旅行がこんなに楽しいと思いませんでした。また旅行できるように頑張って働きます」と。今思い出しても泣けちゃいます。私の仕事って良い仕事だなってその時に思いました。

 

旅行って、人の、次へ向かう気持ちを奮い起こさせるものなんだなって。修学旅行担当から始めて良かったなって思っています。その生徒さんとは今も年賀状のやりとりを続けています。

 

―泣けますね。

 

営業を6年して、年間120日以上添乗していた年もありました。ちょうど海外への修学旅行が解禁された頃で、女子校からは女性添乗員のニーズも増えていました。その後、シドニーへ1年、派遣研修員として行き、帰国後は営業本部の営業開発室で、1支店では対応しきれない大きなイベントの調整役を約4年担当しました。その後は広報業務を長く担当しました。

 

子育ては新たな発見だらけ

 

―旅行代理店は「添乗=泊まり」という印象があります。出産後も仕事を続けるための支援策などはあるのでしょうか。

 

社には添乗が必要になる営業職以外にも、多岐にわたる仕事があります。子育てが大変な時期には添乗のない部署で働くなど、長く働いてもらうための配慮は必要です。もちろん育休明けに営業に戻りたい人もいます。その場合は制度を使い、営業先から自宅に直帰するなどの策を取るなどの工夫もします。

 

子どもがいるのに年間100日添乗に行かなくてはならない、なんてことはありません。育休に入る前も、育休中も、復帰前も、本人と面談して復帰する職場も決めていきます。

 

―ご自身の子育てはどのようにやってきたのですか。

 

私自身40歳で子どもができるまでは、言葉は悪いけど、「子育てはお金で解決できる」と思っていました。保育所に入れて、ベビーシッターを雇えば、今まで通り仕事ができると思っていたんです。でも大きな間違いでした。子どもがあんなにかわいいなんて。「一緒にいる時間を少しでも長くしたい」と強く思ったんです。

 

それで、どうしたかというと、仕事に集中して生産性を上げました。「絶対この時間で帰る」という意識が強くなりました。管理職になってから授かった子どもでしたので、管理職として部下に仕事を指示しながら、育児や家事を回す、そんな日々でした。

 

制約があるからこそ生産性が高まる

 

―育休から復帰した女性たちの働きぶりをどう評価されていますか。

 

育休から復職した女性は目的がはっきりしている分、生産性を上げようと意識します。それを会社が理解して協力していくことが大切です。やればできると確信しています。

 

私自身の子育ては、夫や両親が協力してくれていますが、何よりうれしかったのは、部下から「育児は仕事に勝る大事なことなので早く帰ってください」と支えてもらったことでした。すごくありがたかったです。「次は誰かを助けるぞ」と思い、覚悟を決めました。

 

―ご自身が両立で工夫されていたことは。

 

スケジューリング、優先順位、そして突発事態に対応する余力を常に持っておくことです。突発事態への余力を作るために、平日はシッターさんにもお願いし、病気など緊急事態の時には両親を頼る体制にしました。

 

急な病気や台風などの災害があったときは親に全面的に頼りました。でも普段から全部頼っていたら、親だってしんどくなってしまうでしょう。仕事を通じてその差配は思いつきました。



会社が「伸びる」ために

 

―現実には、東京医科大入試問題のように男性を優先する例が根強い。雇う側には、忖度せずこき使える人材がほしいという考えなのかもしれません。その中でダイバーシティを目指すのはなぜでしょうか。

 

男性だけの考え方では会社は生き残れないと思っています。特に旅行って決定権は女性が持っていることが多いでしょう。旅行する方も半々より、むしろ女性が多い。女性の感性、意識を生かすという意味で非常に向いている業界です。

 

「女性が働きやすい会社」と「女性の感性を生かす」というはパラレルの関係にあります。会社が伸びていくためには、女性が活躍できる環境を同時につくっていかないといけないのです。

 

JTB全グループで現在2万9千人の社員がいて、その63%が女性です。ただ、店頭業務が多くて、部長職になると女性の割合は21%に下がります。役員となればグループ会社全体でも6%です。

 

(株)JTBとしては、女性で役員に登用されたのは私が初めてです。女性も働きやすく、働きがいがあり、自己実現やモチベーションが上がる会社を維持するためには自然任せではできません。しっかりしたビジョンを持ち、ダイバーシティを進めていくことが重要だと感じています。

 

女性の活躍や昇進が「当たり前」になるように

 

―現在の仕事で心がけていることは。

 

コミュニケーションはとても大切です。しかし会社が改革しようとしている理念や方針を伝えるのはとても難しい。コミュニケーションをとっている「つもり」でも、相手に届いてなかったら意味がありませんから。自己満足ではダメだと、自分に言い聞かせています。

 

何度も繰り返し伝えることも大切ですが、若い人に「私は髙﨑さんみたいにできないわー」と思われてしまってもいけません。世代も時代も異なります。伝える側が、それを認識して一人ひとりの相手に合わせたコミュニケーションをとる必要があると思っています。

 

―髙﨑さんが執行役員になったことで、女性も昇進できるというモデルが社内にできたと思います。後輩たちにはどんな姿を見せたいですか。

 

これからの女性社員にとって、部長や支店長、そして役員になることが、特別なことではなくなるように「道を開墾している」と思っています。「後輩のために頑張ろう」と。女性が働きやすく、力を発揮できる場はJTBというステージにたくさんあると思います。そんな事例を後輩たちに見せて、示して、後に続く人たちを大切に育てていきたいです。

 

ポジティブシンキングが鍵に

 

―娘さんにはどういう姿を見せたいですか。

 

娘には「ものは考えようだ」と伝え続けています。一つのことが起こった時に、良い方向に捉えるか、悪く捉えるかで、その後の結果が全然違ってきます。娘から最近「それをポジティブシンキングって言うんだね」って言われました。

 

修学旅行の添乗時代は、何かあると途中で起きなければいけないし、まとめて寝られないことも多いなど、辛いと思うこともありました。でも、そのおかげで、育児中の子どもの夜泣きは全然平気だったんです。「修学旅行の添乗に比べたら楽だなぁ」って。

 

自分に何か不利益が生じたときに、ポジティブに切り替えて考えることはとても大切だと感じます。娘も今は分からないかもしれませんが、将来何かが起こったときに頭の隅に残っていて、実行してくれたらいいな、と思っています。

 

聞き手/島 洋子(しま・ようこ)琉球新報社編集局経済部長。1991年に入社し政経部、社会部、中部支社宜野湾市担当、経済部、政治部、東京報道部長、政治部長などを経て現職。連載「ひずみの構造―基地と沖縄経済」で、2011年「平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞」を受賞。沖縄市生まれ。

 

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