沖縄が「米国の信託統治だった」との記述が見られる書物 画像を見る

 

1972年の日本復帰までの沖縄の地位について専門書や小説などで「米国の信託統治下に置かれていた」という誤った記述が相次いでいる。2019年に直木賞を受賞した真藤順丈氏の沖縄を題材にした小説「宝島」には、「こんなに良心的な信託統治はない」など事実誤認につながるような記述が数カ所ある。出版元の講談社の担当者は「小説はあくまでフィクションだ」とした上で「文庫化(時期未定)の際は修正する」と回答した。琉球大の波平恒男教授は「信託統治制度は第2次世界大戦後の脱植民地化の流れにあったもので、沖縄は信託統治にはならなかったため独立への流れにならなかった。その上、信託統治であれば保障される諸権利さえ、沖縄では保障されていなかった」と指摘する。

 

国連の信託統治制度は、国連憲章12章で、国連の信託を受けた国が旧植民地などの信託統治地域の自治や独立に向けて施政を行うと定める。同章には、人権と基本的自由の尊重の奨励についても規定がある。沖縄は信託統治に置かれることはなく、国連憲章が適用されることはなかった。信託統治ではないため、国連の定期視察を受けることもなく、米国は沖縄で米軍基地を拡大し、排他的な軍事行動の自由を享受し続けた。

 

米国が沖縄を支配した法的根拠は、1951年9月8日に敗戦国日本と連合国48カ国との間に結ばれたサンフランシスコ講和条約3条だ。3条は、米国は国連に信託統治を提案し承認されるまで、沖縄を含む奄美以南の南西諸島で全権を行使するとした。

 

ただ米国は沖縄の信託統治を国連に提案することはないままに支配を続けた。外交史が専門の元関西学院大学教授の豊下楢彦氏は3条は米国の全権統治の“口実”だったと指摘する。豊下氏は「米国の最大の狙いはレトリックで装いながら半永久的に沖縄で『全権を行使する』ことだった。『全権』とは文字通り『やりたい放題』ということになる。当時の人口では80万人に近い沖縄の人々が『無憲法・無国籍』の状態に置かれた」と述べた。
(中村万里子)

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