「息子は来年に小学校になります。これまでみたいに合宿に連れて行って、家族で何週間もいるわけにはいかなくなります。今回のロンドンがもう最後だと思って、私が一緒に連れて行きます」と話すのは高橋慶樹さん(38)。車椅子陸上の土田和歌子さん(37)の夫だ。

和歌子さんは、8月29日開幕のパラリンピック・ロンドン大会で日本選手団の主将も務めている。彼女のパラリンピックの最初の出場は’94年、アイススレッジでのリレハンメル大会。冬季では金2銀2の4つのメダルを獲得した。車椅子の陸上競技にも挑戦し、’04年のアテネ大会5000メートルで金メダルを獲得。冬夏の両方でパラリンピック金メダリストになったのは、和歌子さんが日本人初だ。

’04年のアテネ大会の翌日、当時の担当マネージャーだった慶樹さんと結婚。’06年に長男を出産した。息子は今『1』の番号に敏感だ。ヨーグルトのふたに記してある製造ラインの番号をチェックして『1』という数字が書いてあると、朝食のときに「お母さん、いちばんになるように頑張ってね」と和歌子さんに渡すという。和歌子さんは2日に5000メートルを終え(6位入賞)、9日の車椅子マラソンに出場予定だ。

和歌子さんが交通事故に遭ったのは高校2年の3月。高速道路で車がスピン。車外へ放り出された。腰椎骨折による脊髄損傷で、膝から下の運動機能を失ってしまう。

息子が3歳のときにこんなことがあった。保育園に迎えに行った和歌子さんに息子が、「お母さん、車椅子に乗らないで。自分で歩いて!」と言ったのだ。ほかのお母さんと違うことが恥ずかしい。そんな気持ちの表れだったという。そのとき和歌子さんは動じることなく「お母さんは脚が悪いから歩けないんだよ」と堂々と答えた。和歌子さんはそのときの気持ちを著書の『今を受け入れ、今を超える。』(徳間書店刊)に、こう書いている。

《障がいを持つ母親のもとに生まれた息子は、そのことを受け入れなければ先に進むことができません。けれども、息子が培った強さは、やがて『差別をしない』という優しさへとつながっていくことと私は信じています》《障がいがあることは生きていく上で障壁にはならない》

その思いを息子に伝えるために、和歌子さんはロンドンを疾走する。息子の”ママがいちばん”の願いを叶えるためにも——。

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