「3歳以上の犬や猫の8割以上が歯周病というデータもあり、それを説明すると、皆さん驚かれます。状況は悪化し続けており、最近では1歳未満の小型犬の9割がすでに歯周病で、歯を支えているあごの骨が溶けだしています」
忍び寄る“ペット歯周病”の危険性について警鐘を鳴らすのは、フジタ動物病院(埼玉県)の院長を務める藤田桂一先生。藤田先生が開業したのは29年前。当時から、日本ではまだ注目されていなかった犬猫の歯科診療に取り組み、獣医歯科分野で博士号を習得。重度の歯周病に対応できる数少ない獣医師として、全国からやって来る多くの歯周病の犬や猫の診療をしている。前述の“あごの骨が溶けだす”というのは、どういう症状なのだろうか。
「口腔内には500〜800種類の細菌がいます。歯垢となって歯の根元についたそれらの細菌が最初、歯肉に炎症を起こします。この歯肉炎を放置すると、このなかの細菌のうち、歯周病菌が歯の根っこに入り込んで、歯周炎を起こすのです。歯肉炎と歯周炎を総称して歯周病と呼び、悪化すると、あごの骨まで溶かしてしまうんです」(藤田先生・以下同)
歯周病になるメカニズムは、人間も動物も同じだが、“ペットが歯周病になる”ということ自体を認識していない飼い主も多いという。
「まず炎症による口臭がして、そのうち歯の周辺の組織が溶かされて歯がぐらついてくるのですが、皆さんなかなか気が付きません。あごを骨折して、初めて病院に来る方も多いのです」
歯周病が怖いのは骨折だけではない。
「外歯瘻というのですが、歯周病菌が上あごの骨を溶かし、目の下に穴が開いてしまった症例も多く見られます。上あごの骨が破裂されると、鼻腔と口腔がつながってしまい、鼻水やくしゃみ、ときには鼻血が止まらなくなるケースもあります」
また、歯周病を引き起こした細菌が血管を通じて全身に散らばると、腎臓や心臓、肝臓に重篤なトラブルを引き起こすのだ。治療が難しいのも、動物の歯周病の特徴ともいえる。動物の歯の治療はすべて全身麻酔が必要なため、入院が必要なケースもある。ペット用医療保険会社による調査によれば、入院理由と手術理由、両方の第1位が歯周病だった。
「軽度な症状なら全身麻酔で歯石や歯垢を除去するだけですが、歯がグラついているような重症の場合は、抜歯して骨折や外歯瘻への進行を止めるしかありません。すべての歯を抜いてしまわざるをえないケースまであるのです」
食事に支障が生じることはないのだろうか?
「人間は主に奥歯で食べ物をすり潰して飲み込みます。ところが犬や猫は、人間とは口の構造が違うので、上下の歯ですり潰すということをしないんです。人間は歯が1本でもなくなると不自由さを感じますが、犬猫は、まったく歯がなくなってもごはんを食べることができます。だから痛む歯でごはんをかんでいたときに比べれば、きちんと抜歯してあげたほうが快適に暮らせると思います」
つまり抜歯こそが、現在のペット歯周病治療では、QOL(生活の質)をいちばん高める方法なのだという。それにしても、なぜここまでペットたちに歯周病が蔓延してしまったのだろうか?
「人間とペットで、歯周病の原因となる細菌は共通していることも多いのです。ペットとキスをしたり、ごはんを口移しで与えたりすることで、人間から移るケースも増えていると思います。もちろん、ペットから人間に歯周病が移ることもあります。お互いのためにもキスや口移しは厳禁ですね」