江戸時代の健康本として有名なのが、儒学者・貝原益軒(えきけん)が正徳2(1712)年に著した『養生訓』だ。
「益軒は博識で、人間味あふれ、人生の本当の楽しみを知る人でもありました。福岡藩士として勤めをまっとうし、80歳を過ぎてから科学的な博学者として評価の高い多くの本を著しました。酒を愛し、読書を愛し、旅を愛する彼の生き方はとても粋に見えます」
こう語るのは、医学博士で帯津三敬病院名誉院長の帯津良一先生。『養生訓』も、益軒が83歳のときに書かれたもの。単なる健康指南ではなく「欲に惑わされることなく、人生を楽しむ」という趣旨の『養生訓』は、現代人のメンタル面を支える内容になっている。帯津先生に解説してもらった。
益軒は『養生訓』の中で「心の養生が大切」と説いている。
「『病は気から』と言いますが、気というのは東洋医学で、体内を循環するエネルギーのことです。西洋医学的に見ると、意志とは無関係に血管や内臓の動きを支配する、自律神経と考えられます」(帯津先生・以下同)
益軒は「すべての病気は気から生じる。病気とは気が病むことだから、滞った気のめぐりををよくすることが大事である」と記している。そのためには、体をよく動かすことを挙げている。肉体面だけでなく心理的にもゆとりを生むからだ。「心は体の主人だから、静かに、安らかにしていなければならない」といったことも、益軒は書いている。
同様に、感情を極度に高ぶらせることも戒めている。喜・怒・憂・思・悲・恐・驚の7種の感情を「七情」と呼び、これらを程よく整えるのが理想。ただし七情の中でも怒・憂・思(悩むこと)・悲は少なくしたほうがいい。
「嬉しい事や楽しいことをちゃんと表現することは大事ですが、瞬間湯沸し器のように怒りを爆発させるのは迷惑なだけでなく、自分も傷つけてしまうので、注意が必要です。怒りを爆発させると心臓病のリスクが5倍に跳ね上がるという調査結果が出ています」
また、生きていくうえで避けて通れないのが「老い」。老いへの心構えにも言及している。「老後は、若いときの10倍の早さで月日が過ぎていく。なので、1日を10日、10日を100日、1カ月を1年と考え、無駄な1日を過ごさず、つねに時間を惜しむこと」という内容だ。
「年をとると、ついついぼんやりしてしまいますが、その日の天気や目にするものなど、日常のひとつひとつに意識を向けて大事に生きることは、認知症の予防にもつながります」
とはいえ、あまり細かいことにはとらわれないこと。「四季の訪れや山川の美しい景色、草木の豊かな成長などを喜びながら楽しむのがいい」と益軒はアドバイスする。
そしてもし治療が必要な状態になったら、あせらず気長に構える。「衰弱している人は、薬、鍼灸、あんまなどを行う際に即効を求めてはいけない。早く治したいとあせって頻繁に行うと、害悪になることがある」とまで書いている。
「これはどんな治療法にも当てはまることです。心は若くても、体は若いころのような回復力を持っていません。時間をかけてしっかり治すという気持ちが大切です」
あせらず人生を楽しむ、これぞ究極の「養生」!