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日馬富士による暴力事件を発端に大揺れの相撲界。横綱審議委員会は事件現場にいた白鵬の「横綱の品格」について言及した。国技の重みが揺らぐ事態に、一筋の光明ともいえる存在が昭和の大横綱大鵬の孫・納谷幸之介さん(17)だ。猛稽古で強くなり、横綱の「気品と風格」の代名詞でもあった大鵬の生きざまを伝えたい。そう思い大鵬の三女で、幸之介さんの母・納谷美絵子(43)さんは子育てしてきた――。

 

昨年12月19日、さいたま市にある相撲の名門校・埼玉栄高等学校の会場。納谷幸之介さんの大嶽部屋(前身は大鵬部屋)入門記者会見には100人を超える報道陣が詰めかけた。身長190センチ。体重160キロ。圧倒されそうな巨体ながら、その表情はどこか優しくあどけない。

 

幸之介さんの父は、元関脇の貴闘力忠茂さん。2人は’93年、美絵子さんが19歳のときに結婚。貴闘力は納谷姓を名乗り、大鵬部屋の跡取りとして納谷家へ婿入りした。結婚1年後の’94年には、待望の長男・幸男さんが誕生。’98年に次男の幸林さん、’00年に三男の幸之介さん、’01年には四男の幸成さんを授かる。

 

「4人とも力士にする」という夫の絶対的な方針のもと、相撲を始めた子どもたちの食べる量は半端ではなかった。

 

「ごはんを1升炊いても空っぽになるのは当たり前でした。4人を連れて“マック”に行ったら、会計が7,000円オーバー。回転ずしに行っても軽く1万円を超えてしまう」(美絵子さん・以下同)

 

子どもたちがどんどん成長していくなか、’02年に現役を引退した夫・貴闘力は第16代大嶽部屋親方となり、’04年には大鵬から部屋を譲られた。「大鵬部屋」を「大嶽部屋」として引き継いだのである。

 

隠居の身となった大鵬は、孫が後継者となることを夢みて部屋の改装工事に着手。しかし、そんな矢先の’09年7月。角界を揺るがす大事件が発生する。野球賭博に多くの力士が関わっていたことが発覚し、関与していた大嶽親方も、相撲協会を解雇されたのだ。それは、親方の廃業を意味していた。

 

美絵子さんは、父・大鵬に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「父はずっと家にいましたが、会いづらい時期でした。離れて住んでいた私に父が入れた留守電を聞くと『心配だよ。顔を見せに来い』って。こっちが裏切ったのに、むしろ怒ってくれたほうが……」

 

父に連絡できずにいた時期の美絵子さんは、夜12時から朝まで、運転代行のアルバイトをしていた。今後の生活が不安でたまらなかったが、報道陣が朝早くから遅くまで張り込んでいるので、深夜しか外出できなかったのだ。

 

「そんな生活のこと、父には言えませんでした。父は、頼られるとぜんぶ受け入れてしまう人なんです。貴闘力さんの博打の借金も、何度も面倒をみてくれて――」

 

このころ思い出した父の教えがあった。部屋の旅行でハワイに行ったときのことだ。両親だけがビジネスクラスで、子どもはエコノミーだった。

 

「当時は『ずるい』と思いましたけど、分不相応な贅沢をしちゃいけないという無言のしつけだったんです。感謝しています。苦しい思いをした今だからこそわかるんです」

 

その父、偉大なる横綱・大鵬さんは事件から3年半後の’13年1月19日、心室頻拍のため亡くなった。享年72。もうすぐ5回目の命日を迎える今、美絵子さんは言う。

 

「父は……大きな存在です。悪く言う方がいない。『毎日コツコツ、努力はうそをつかない』という遺志を継いで、私たちがちゃんとやっていかなければ。年々、その存在は大きくなっています」

 

美絵子さんは、現在週3回、9時から15時まで、鶏肉店で居酒屋などに卸す焼き鳥の串刺し作業をしているという。最低でも1日200本。

 

「4年目です。やはり経済的な理由ですね。子どもの相撲の応援に行くときのお金と、子ども用の貯金を毎月1万円ずつ。細々と稼いでいます」

 

とにかく頭のなかは、100%子どもたちのことだ。

 

「おっとりタイプの長男の幸男(23)は、プロレスラーとして後楽園ホールでデビューし、先日も2勝目をおさめました。気の優しい次男・幸林(19)は、中央大学法学部の2年生。相撲部に所属し、指導者的才能があると言われています。角界入りする三男・幸之介は、シャイでおとなしいけど、自分で納得しないと絶対に譲らない負けん気があります。四男・幸成(16)は、幼いころからとび抜けてやんちゃで、もっとも勝ち気。埼玉県栄高校1年生です」

 

全員が身長185センチ以上、体重は130キロ以上ある。

 

「大鵬の孫に産んでしまったことは申し訳ないという思いはありますが、息子たちには、『プレッシャーに負けるな』と言いたいです。自分が見たもの聞いたもの、そして父がそうだったように自分の努力だけを信じなさいと」

 

孫たちの活躍を楽しみにしていた大鵬も、きっとそれを願っているだろう。

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