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「相撲協会は『伝統』と『人命』のどちらが大切だと思っているのか。女性に対して失礼だし、対応に疑問を抱いています」(50代女性)

 

4月4日、京都府舞鶴市で行われた大相撲春巡業で、土俵上で倒れた男性の救命措置を施した女性に、行司が「女性の方は下りてください」とアナウンスしたことについて、怒りの声は高まるばかりだ。

 

さらに8日、静岡市駿河区に開かれた春巡業でも、力士が土俵で子どもに稽古をつける「ちびっこ相撲」に参加予定だった小学生の女の子が、日本相撲協会からの要請で土俵に上がれなかったことが判明したのだ――。

 

「江戸時代から親しまれている大相撲ですが、『土俵は女人禁制である』と取りざたされたのは、じつは’70年代、子供相撲の女子代表が国技館の土俵に上がれず、参加を拒否されたことからです。その後、森山眞弓元官房長官、太田房江元大阪府知事らが、表彰のために土俵に上がることを拒否されて以降、問題が表面化しています」

 

そう語るのは、文化人類学が専門の慶應義塾大学名誉教授の鈴木正崇さんだ。

 

「今回の報道や情報を収集すると、女性は土俵に上がる前に『上がっていいですか?』と問いを投げかけています。女性が上がった後、観客から『なぜ女性が土俵に上がるのか』という声が起きて、若い行司が慌ててアナウンスしたようです」

 

ここで疑問なのは、なぜ「女性は土俵に上がってはいけない」という考えを持つ人がいるのか、ということ--。

 

諸説あるなか、大相撲の歴史について、鈴木さんはこう説明してくれた。

 

「大相撲は1350年の伝統があるともいわれていますが、古代からの『相撲節会(すまいのせちえ)』はいまの大相撲とは別物。現代の大相撲のはじまりは、江戸時代に土俵が作られてからだと考えています」(鈴木さん・以下同)

 

じつは、その当時は女相撲の興行も人気だったようで、男女の取り組みなども見世物として行われていたという。

 

「ところが明治5年、文明開化の日本において、男女相撲は“公序良俗に反する”と禁止されたのです。女相撲の人気は続きましたが、いっぽうで“土俵の神聖化”が進められました」

 

そして明治42年、大相撲が“国技”と名付けられ、2年後には国技館を設置。昭和6年には、国技館の屋根が伊勢神宮と同じ神明造りに。新たな儀式も作り出されて、土俵が神聖化されていった。

 

「土俵は本場所が始まる1週間前に壊して、“清浄な土”を使い、4日間かけて新たに作ります。初日前日の土俵祭では、相撲三神と東西南北の四方の神を祭って、行司が神道式の祝詞をあげ、五穀豊穣を祈って《神迎え》をするんです。古来、日本人は神聖な場所と世俗の場所をしっかり区別していました。神聖な場所に入るときには、水や塩で清めたり、肉類を1週間食べないなどの作法を必要としていました」

 

大相撲では土俵の神聖化が進み、一般人は男性でも作法を守らないと上がれなくなり、特に女性には厳しく、土俵に上がることはできなくなってしまった――。

 

「平安時代以前より、神聖な場所において『血』はタブー視されていました。出産や月経のある女性は“不浄な穢れがある”、と刷り込まれてしまっていたのでしょう」

 

霊山に女性が登拝すると天変地異が起こるといった伝承も、多く残っているという。“神聖な場所に女性は立ち入ることができない”……いつしかそこがこの国では暗黙のルールとなってしまった。

 

「現在は年間6回行われる大相撲の『本場所』は、初日の前日に、土俵に神を迎えるために、女人禁制とする、という理屈なのです。しかし……今回のような、本場所ではない巡業先の土俵に女性が上がっても、問題はないわけです。本場所でも、千秋楽を終えてすぐ“神送り”をすれば、女性も土俵に上がれるのですが……」

 

「人命」より優先してまで守る「伝統」とは何なのか。あなたはどう思いますか?

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