11月24日、’25年の国際博覧会(万博)の開催地が、大阪に決まりました。博覧会には大小さまざまなものがありますが、博覧会国際事務局の承認を得て「万博」と名乗れるものは、’70年の大阪万博以来、実に55年ぶりです。

 

いっぽうで大阪は、開催地である夢洲(ゆめしま)で、’23年にカジノを含む統合型リゾート(IR)の開業を目指しています。夢洲の活性化を、IRに託しているように思えます。ですがIRは、世界的には不況産業です。アメリカ・アトランティックシティなどでは閉鎖が相次ぎ、マカオやシンガポールでは閑古鳥が鳴いていると聞きます。IRを作ればもうかるという図式はもう古いのです。

 

大阪は万博とIRの共倒れになる、そんな恐れを抱いているのは私1人ではないはずです。確かに、’70年の大阪万博は、国民の2人に1人が足を運んだといわれるほど、大盛況でした。経済効果も約3兆円。初任給が4万円の時代ですから、今の価値に直すと、15兆円にものぼる桁違いの大成功イベントでした。

 

’25年万博の開催を言い出したといわれる堺屋太一さんら推進派には、’70年の成功した記憶が残っているのでしょう。「夢よ、もう一度」と願うのはわかる気もしますが、時代は変わっています。

 

高度経済成長期の真っただ中で、“先進国の仲間入り”を国民全体で喜んだ’70年ごろと違って、今は成長も鈍化し、社会は成熟しています。大阪は約2,800万人の集客を見込んでいますが、何でもインターネットで見られる時代に、実際に足を運ぶ人がどれだけいるのでしょう。誰かがアップしたYouTubeなどを見るだけの人が多いのではないかと思います。

 

東京五輪後に大不況が来ると予測する識者はたくさんいます。私もそう思います。東京五輪が終わったら、経済は急速に冷え込み、働く人の給料が下がり、リストラの嵐が吹き荒れるかもしれません。ひょっとすると、’25年万博どころではないことも考えられます。国は、東京五輪後の経済の落ち込みを予見して、万博という“カンフル剤”で荒療治するつもりなのだと思います。

 

しかし、万博で莫大なお金を使った大阪は借金にあえぎ、税金の引き上げや公共サービスの悪化を引き起こしかねません。立ち上がるまで長い年月が必要でしょう。もちろん、国の痛手も甚大です。そして、その尻ぬぐいを強いられるのは国民です。私は、財政悪化から“万博増税”も大いにありうると思います。

 

松井知事は開催決定からわずか3日後、首相官邸で「世界各国に大風呂敷を広げ過ぎた。国の総力がなければ実現不可能だ」と発言。その無責任ぶりを暴露しました。協力要請に応える構えの安倍首相も、任期は最長でも’21年まで。やりっぱなし決定です。

 

政治家が誰も責任をとらない万博よりも、ブラックアウトにならないような電気インフラの構築や、老朽化の激しい水道の整備に、血税を使うべきではないでしょうか。今、愛・地球博記念公園には、植栽で形作られた大人気キャラクター、モリゾーとキッコロが無残な姿をさらしているそうです。その変わり果てた姿が、大阪万博の行方を暗示している、私にはそう思えてなりません。