死刑確定から10年…林眞須美の長男、結婚を前に母へ思い巡らす

’98年7月25日。和歌山市園部地区で夏祭が行われ、住民らが協力して作ったカレーを口にした67人が激しい嘔吐や腹痛に襲われ、救急車で病院に搬送。小学生男児を含む4人が死亡した「和歌山毒物カレー事件」。

 

やがて疑惑の中心に据えられたのが、近所に住む元保険外交員で4人の子どもを育てる主婦である林眞須美死刑囚(57)だった。また、夫の林健治さん(72)が元シロアリ駆除業者で、ヒ素を入手できる立場にいたことも報じられた。

 

林死刑囚が、殺人未遂、詐欺容疑で逮捕されたのが同年10月4日。同時に、健治さんも詐欺容疑で逮捕された。残された4人の子どもたちは、このとき、長女は中3、次女は中2、長男が小5、末っ子の三女はまだ4歳だった。全員が、児童養護施設に保護された。

 

その後、林死刑囚はカレー事件の殺人および殺人未遂容疑で再逮捕。さらに、林夫妻が以前より保険金詐欺で億単位の金を手に入れていた事実も判明。弁護側は無罪を主張したが、一審、二審は死刑判決。最高裁でも’09年4月に死刑が確定。同年7月に再審請求を申し立てたが、’17年3月に棄却されている。

 

こうして彼女は、戦後日本で11人目の女性死刑囚となり、裁判を通じてなお、「動機は不明」のままであることも多くの憶測を呼び、事件は、平成の犯罪史に代表するものとなった。

 

「なんとか、ここまで生きてこられました」

 

絞り出すようにして語るのは、林夫妻の長男の信一さん(31・仮名)。身長は182センチあり、男性ファッション誌から抜け出してきたような端正な顔だちをしている。

 

「施設にいたときは、林眞須美の子どもということで、ひどいいじめがありました。父が出所したのが、高校卒業の年。学校までマスコミが押しかけてきましたが、なんとか卒業しました。ただ、卒業後に行くあてがなくて。施設を出たら、寝泊まりする場所がない。駅の障害者用トイレや公園で野宿もしました」

 

やがて姉のアパートに住所を移して、アルバイトを始めた。

 

「居酒屋のバイトで、胸の名札を見て、林眞須美の子どもだと目ざとく気付くお客さんもいました。当然、その場で解雇です。『衛生上よくない』と、解雇理由を告げられたこともありましたね」

 

母に、被害者についてどう思っているのかを尋ねたことがある。答えは、こうだった。

 

「私も子ども持っている。子どもを失った親の気持ちはわかるし、気の毒だと思う。でも憎しみの対象として私に矢を射られても困る。私は、やってないんだから」

 

実はかつて、真剣に結婚を考えたことがあったと、信一さんは記者に打ち明けた。

 

恋人には、林健治、眞須美の長男だと、正直に告げた。相手はすべてを了解して交際が始まったが、一つだけ条件があった。

 

「私の両親には、絶対にその事実を隠し通してほしい」

 

やがて結婚を約束するまで進んだとき、信一さんの心が次第に揺らぎ始めた。

 

「僕の両親は、交通事故で亡くなったことにして、交際を続けていました。相手の両親は家に行くたびに、ごちそうしてくれたり、セーターを編んでくれたり、よくしてくれて。このまま彼女の家族になじんで、うまくいってしまうのかな、と思ってみたりしました。……でも、会うたびに罪悪感を覚えた」

 

合理的な理由があれば、姓を変えられることも知っていた。

 

「林家から籍を抜き、知らない場所で新たな人生を考えましょう」

 

婚約者は、そう言ってくれた。

 

「彼女の気持ちはうれしかった。でも一方で、本当にそれで幸せなのかという悩みが常にあった。そんなとき、先方のご両親に、うちの墓について聞かれたのをきっかけに、『実は』と、すべてを打ち明けました」

 

すると、両親が言った。

 

「もう娘には近づかないでくれ」

 

婚約者の彼女もまた、激しく彼を責めた。

 

「あれほど言わないでとお願いしたのに。なぜ、話したの」

 

信一さんは、決して衝動的な行動ではなかったと、2年前の決断をふり返る。

 

「事件から逃げることは可能だと思った。でも、そうすれば、母親がやったんだと、僕自身が認めたことにもつながる。和歌山を離れ、彼女と結婚して、新たな生活を始める。それが、母を見殺しにするような気もして」

 

家族は、今も母親の無実を信じている。

 

死刑確定から、林死刑囚は外に出ることもなく歳月を重ね、57歳となった。現在も、’17年3月の再審請求棄却の直後に弁護団は大阪高裁に即時抗告をしており、その結果を待つ状況が続いているが、再審の扉が簡単に開くとは思えない。信一さんは語る。

 

「マスコミから取材を受け、『母親を信じているか』と、よく聞かれます。でも、カレー事件では犠牲者が出ているから、遺族のことを思うと、安易に『信じている』とは言えない。私としては、『信じていたい』というのが精いっぱいなんです」

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